私立恵比寿中学「シンガロン・シンガソン」


 「シンガロン・シンガソン」は、2017年11月8日に発売された私立恵比寿中学のメジャーデビュー後11枚目のシングル。楽曲提供はMrs. GREEN APPLEの大森元貴。このシングルのリード・トラックである「シンガロン・シンガソン」がとても素晴らしく、いろいろと言いたいことが増えてきたので、以下に僕が感じたことを記述させていただきます。

※ 本文中に音名が出てきますが、わかりやすいようにカッコ内にハ長調におけるドレミファソラシドでの呼び方も示しています。

※ CDやMVの特定の部分を指し示すために「2:25あたり」のように書いていますが、MVには曲が始まる前に映像のみの無音部分が含まれるため、CDとは再生時間が違います。基本的にはCDでの再生時間、MVについて触れている箇所のみMVでの再生時間を基準にしています。

ミュージックビデオ(MV)と楽曲の親和性
 まず、この曲のミュージックビデオ(MV)について。この曲はMVも素晴らしいんです。楽曲からもカラフルなイメージは十分に伝わってきますし、おもちゃ箱をひっくり返したように楽しい曲なのですが、MVと楽曲との親和性が非常に高く、曲の魅力を何倍にも増してくれます。

 イントロから、カラフルな衣装を着たメンバーたちが、足を滑らせて転んだり、両手いっぱいに持った荷物をぶちまけてしまったり、そんなシーンが続く色あざやかなMVです。まず視覚的な楽しさに注意が向きますが、歌詞との親和性、楽曲全体のメッセージを視覚的に伝えてくれる、映像としての情報量の多さに圧倒されます。

 まとめると、歌詞、音楽、映像に一体感があり、単なる言葉以上にメッセージが伝わってくる、というのが僕の考えです。それでは、この曲が持つテーマ、この曲から伝わるメッセージとは何でしょうか。

 1回目のサビは「何回だって 転んでもいいんです」という歌詞から始まります。2回目のサビには「いつまでだって 夢見ていいんです」、最後のサビには「悩んで悔やんで もがいてもいいんです」というフレーズもあります。このように前向きな表現が、いくつも散りばめられています。この曲が伝えたいことのひとつは、この前向きな気持ちと言っていいでしょう。

 では、例にあげた歌詞に注目してMVを見てみましょう。MVはイントロの音が流れ始める前に、3秒ぐらい映像のみで無音の部分があります。まず、メンバーがよろけるシーンが続き、曲が始まります。その後も、メンバーがよろけたり転んだり、両手いっぱいに持った箱や袋をぶちまけてしまうシーンなどが、随所に差し込まれています。そして、転んだり、荷物を落としてしまっているのに、メンバーの表情はとても楽しそうです。MVの0:35あたり、0:52あたりには、箱の中身が床に投げ出されるシーンもあります。

 このように「転んでもいいんです」を連想させるシーンが頻出するMVですが、2箇所だけ逆再生になっている部分があります。1箇所目は1:59あたりから、2箇所目は3:13あたりからで、それぞれぶちまけてしまった箱や袋の中身が、元どおりに吸い込まれていき、メンバーの手元に戻っていきます。このシーンは、なにを意味するのでしょうか。

 僕には、「転んでもいいんです」「夢見ていいんです」に続く、何回だってやり直せるよ、というメッセージのように感じられます。何回転んでも、持っていた大切なものを落としてしまっても、必ず自分の手に戻ってくる、ということを逆再生部分は語っているのではないでしょうか。この曲では「転んでもいいんです」という前向きな言葉のあとに、それを説明する言葉や、それを後押しする「また立ち上がれるよ」のような言葉は続きません。しかし、あえて説明的な言葉を使わずとも、むしろ使わないからこそ、今を大切にしようとする前向きさが深く伝わるということもあります。歌詞で説明的な表現が過ぎると陳腐になります。

 最後のサビの終盤には”人生は「今日をコレクション」”というフレーズが出てきます。説明すると陳腐になると言いながら、自分も説明してしまいますが、この表現は「今日1日を精一杯がんばることが大事だよ」というような意味でしょう。そうした、刹那的な輝きも、逆再生部分からは伝わるのではないかと思います。

 そして、MVの最後は全員で決めポーズをとるところで星名さんがバランスを崩してよろけてしまい、それに気づいたのか後ろにいる中山さんが笑うところまでが収められています。このシーンは、何度か撮影されたものの、星名さんがよろけてしまったテイクが最終的に採用されたとのことです。僕が監督だったとしても、迷わずこのテイクを採用します。その理由は「転んじゃったけど、そのテイクを使ったのが逆に面白いでしょ」ということではなく、「何回だって 転んだっていいんです」というメッセージを視覚的に伝えるのに、これ以上ない表現だからです。

 前述した逆再生部分と同じく、転んでも前向きにやり直せばいいんです、ということを言葉を使わずに表しています。このシーンは、よろけるところがたまたま撮れたからそれを使ったというよりも、誰かが転ばなければならなかった、と僕が監督なら考えます。そして、よろめいたのが天真爛漫な性格の星名さんだったのも、結果的に完璧だったと思います。

ボーカルと楽器の関係性
 次に、イントロ部分の曲の構造について書きます。弾むようなリズムと、生楽器感のある音質のドラム、カラフルで電子音然としたシンセサイザーから、曲がスタート。歌い出しは、タイトルでもある「シンガロン・シンガソン」という歌詞から始まります。最初の「シンガロン」はE♭(ミのフラット)の音から始まり、その後に続く「シンガソン everyday シンガソン」の一音目で、1オクターヴ近く高いD♭(高いレのフラット)まで一気に上がり、そこから少しずつ下降していくメロディー・ラインです。

 上記のボーカルのメロディー・ラインを追いかけるように、コール&レスポンスのようにも聞こえる、シンセサイザーのフレーズが続きます。こちらのシンセのメロディーは、A♭(ラのフラット)から始まり、D♭(高いレのフラット)まで上昇、その後にまたB♭(シのフラット)まで下降します。音の動きを形であらわすと、D♭を頂点にした山のようなメロディー・ラインが2回セットで繰り返されます。

 エビ中の歌声とシンセサイザーの音色の鮮やかさもさることながら、ボーカルと楽器の関係性が、この曲に奥行きとカラフルなイメージを足しているな、と個人的には思います。僕は、ボーカルのメロディーがあって、それを支えるその他の楽器の伴奏、という主従のはっきりした関係性の曲よりも、ボーカルと各楽器が絡み合うような構造の曲の方が好きなのですが、この「シンガロン・シンガソン」という曲は、ボーカルと楽器の関係性、ブロック毎のメリハリのつけ方が秀逸です。

 「シンガロン・シンガソン everyday シンガソン」と歌うイントロ部分は、ボーカルとシンセサイザーの関係が対等で、ボーカルが引くと、シンセが追いかけてきます。また、前述したとおり、ボーカルのメロディー・ラインも、それを追いかけるシンセのメロディー・ラインも、上がってから下がっていく、という点では共通しています。

 このふたつのパートの追いかけっこのような関係が、次々と押し寄せる波のように、有機的なアンサンブルとなっていて、聴いていて楽曲に引き込まれていきます。サウンドも生楽器と電子音が混ざったカラフルな印象で、曲のイントロダクションとしては、理想的と言えるのではないでしょうか。イントロ以外の部分も、ボーカルと楽器の関係性が曲の進行に合わせてガラリと変わり、常に飽きることがありません。

楽曲の二面性
 「いい歌」「好きな歌」の基準は人それぞれですが、僕個人は意味が限定されない間口の広い歌に興味を引かれます。もちろん、意味が限定された「泣ける歌」や「応援歌」がダメだ、嫌いだと言いたいわけではなく、そういう歌にも好きなものは多くあります。言い換えると、「泣ける歌」であってもひたすらに悲しいだけではなくユーモアの感じられるもの、「応援歌」であってもその中に憂いやリアリティを感じられるものが好き、という感じでしょうか。

 この曲の歌詞には”僕らの「ファイトソング」”と”人類のラブソング”という2つの言葉が出てきますが、まさにこの曲はファイトソングでもあり、ラブソングでもある、僕らの歌でもあり、人類の歌でもある、間口の広い曲であると思います。MVのところで書きましたが「何回だって 転んだっていいんです」というのが、メッセージのひとつだとしても、底抜けに明るいだけではなく、人間らしい憂いや迷いも感じられるようになっています。

 具体的に憂いが感じられる部分として、例えば1:49あたりからの「涙枯れ果てない様 ずっと笑って居たいよ」というところは、ずっと笑っていよう!という100%の前向きさではなく、若干の憂いが感じられます。そのしばらく後に「アゲてテンション!」と100%前向きと言えるような歌詞が続くため、憂いや迷いのある心を奮い立たせようとする心の動きが、より引き立ちます。

 また、2:47あたりからのCメロ部分の歌詞「大事にして居たいな」「忘れずに居たいな」も、あくまで自分の希望を口にしているだけで「大事にしたい!」「絶対に忘れない!」という強い言葉ではありません。基本的には前向きなことを歌っていながら、歌詞の中の語り手に人間らしい弱さが感じられるところが、この曲にリアリティを与えているし、魅力になっていると思います。また、そのような歌詞はエビ中のキャラクターにも合っていますよね。

 前向きな言葉と、憂いを持った心、その二面性はMVにも描かれています。先ほどこのMVには、カラフルな衣装を着たメンバーたちが足を滑らせてたり転んだりシーンがいくつもあると書きましたが、各メンバーが床に張り付くように歌うシーンも何回も出てきます。また、よろけたり、両手に持った箱や袋をぶちまけてしまうシーンでは満面の笑顔だったメンバーが、床に張り付くシーンでは憂いのあるアンニュイな顔をしています。ふたつの表情が次々に切り替わるMVも、楽曲が持つ二面性を視覚的にも伝えてくれていると言えるでしょう。

曲の展開とメンバーの歌唱力
 先ほど、曲のイントロ部分の構造について書きましたが、楽曲全体を通しても、アレンジとメロディーの運び方が、とても凝っているし効果的だなと感じました。前述したとおり、イントロ部分はボーカルとシンセのメロディーの追いかけっこのような関係が、曲を加速させていきます。0:17あたりからのAメロでは、歪んだ硬質な音のギターが前面に出てきて、ボーカルのメロディーとお互い絡み合うように、曲をさらに加速させます。

 これが、1:26あたりからの2番のAメロでは、ギターも含めた楽器隊がリズムをゆったりとってボーカルのメロディーを際立たせたり、ピアノが8分音符を叩きつけるように刻んだりと、1番のAメロと違いを作り、ボーカルは同じメロディーでありながら、聴いたときの印象がかなり変わります。このように、アレンジが効いているなと思う部分が多く、メロディーの起伏以上にカラフルな印象を受けます。

 次にボーカルのメロディーの動きを見てみましょう。イントロ部分はまず、A♭(ラのフラット)からD♭(高いレのフラット)までの5音分の飛躍があるものの、その後は緩やかに下降していきます。Aメロ前半は音の歩幅は最大でも1.5音ですが、1番の歌詞でいうと「まぁ、いざ行こう」の「まぁ」と「いざ」のところで5.5音、上がります。Bメロも前半部分に3.5音下がるところ、サビ前に上昇していく部分はあるものの、起伏が激しく上下するということはなく、比較的ゆるやかなメロディーだと言えるでしょう。

 上記のように、ここまではそれほど急激な上下が繰り返されることはないメロディーですが、サビで一変します。サビの冒頭、1回目のサビでいうと「何回だって 転んでもいいんです」という部分のメロディーは、学校のチャイムにも例えられるように上下を繰り返します。さらに面白いなと思うのは、リズムの単位としては大きめで、2分音符ごとに音が切り替わっていくんですよね。それまでの方がリズムは細かく複雑なのに、音の上下によって高揚感と解放感を出しています。曲のタイトルにかけるわけじゃないですが、これはみんなでシングアロングしたくなる流れだよなと。ちなみにサビの部分は転調もしていますね。

 次に、この曲の最高音について。この曲の最高音は、3:21あたりからの「ギャンギャンギャン」と、その後に続く真山さんの「大事です」の「い」の部分で、F♯(高いファのシャープ)まで達しています。アイドルにとっては、と言うとエビ中に失礼かもしれませんが、なかなかこの高音を出すのは難しいはずです。しかし、全員で歌う「ギャンギャンギャン」も、真山さんが歌う「大事です」も、ファルセットを使って余裕を持って歌っています。

 直近2枚のシングルは「スーパーヒーロー」、「まっすぐ」と、高い歌唱力を要求される「いい歌」系の楽曲が続いたエビ中ですが、この2枚で培ってきたものが、本来エビ中が得意としていたカラフルでサブカル感あふれる曲にも反映されてきたようで、今後のエビ中がますます楽しみになってきます。

 また、最高音を「ギャンギャンギャン」という泣き声をあらわす歌詞にあてたことも、この曲のテーマとメッセージを象徴しているよなと思います。強がりつつも弱さを見せて、時には素直になって泣くことも大事だよと言ってくれているようで、まさに自分を奮い立たせるファイトソングでもあり、全ての人に向けたラブソングのようにも響きます。

まとめ
 ここまで書いてきたことを3点にまとめますと、
1, 楽曲とミュージックビデオの親和性が高く、見ていて楽曲のメッセージがより強く伝わる。
2, 曲のテーマは基本的には「応援歌」だが、憂いや迷いなどの人間らしさも含まれていて、リアリティがある。
3, エビ中がこれまでに築き上げてきた歌唱力やキャラクターが活かされたエビ中らしい楽曲。
ということです。

 長々と書いてきましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。とにかく、1人でも多くの方に聴いてもらいたいなと、心から思います。