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ヤなことそっとミュート『MIRRORS』


ヤなことそっとミュート 『MIRRORS』

発売: 2018年5月6日
レーベル: クリムゾン印刷

目次
イントロダクション
1, ルーブルの空
2, クローサー
3, GHOST WORLD
4, HOLY GRAiL
5, No Regret
6, Reflection
7, Any
8, 天気雨と世界のパラード
9, AWAKE
10, Palette
11, Phantom calling
総評

イントロダクション

 2016年結成の女性アイドルグループ、ヤなことそっとミュートの2ndスタジオ・アルバム。

 オルタナティヴ・ロックを下敷きに、エモ、グランジ、ポストロック、ポスト・ハードコア、シューゲイザーなど、多彩なジャンルを横断する音楽性を持ったグループ。それが、ヤなことそっとミュート、通称ヤナミューです。

 2010年代に入り、非アイドル・ポップ的な音楽を志向するグループは、ヤナミュー以外にも多数います。そのなかでヤナミューが特異なのは、硬派な音楽性と、アイドル的なポップさを、分離することなく共存させているところ。

 アイドルにただオルタナティヴ・ロックをかぶせるのではなく、かといってアイドル歌謡を、オルタナ風にアップデートしたわけでもない。

 洋楽にも負けないクオリティを保ちながら、女声ボーカル4人を擁するアイドル・グループとしての魅力が、高次に両立しているんです。

 具体的には、サウンドとアレンジは硬派なオルタナ。そこに女声ボーカルが楽器のようにアンサンブルと溶け合い、カラフルな世界観を実現しています。

 いわば、ボーカルもひとつの楽器として、アンサンブルに参加しているんですよね。しかも、前述のとおりメンバーは4人。

 複数の女声ボーカルによる、ハーモニーと巧みなパート分け。ときにはコール・アンド・レスポンスのような掛け合いもあり、4人のボーカリストを擁している点が、サウンド的にもリズム的にも、あきらかにプラスに働いています。

 複数の女声によるアイドルらしいボーカル・ワークが、オルタナティヴなアレンジと溶け合い、ヤナミューにしか実現できない音楽を作り上げているんです。

 前作『BUBBLE』から、およそ1年ぶりのリリースとなる本作『MIRRORS』。

 硬質なサウンド・プロダクションと、趣向を凝らしたアンサンブルは健在。前作からの違いを挙げるなら、直線的なビートを持った、疾走感あふれる曲が多数をしめるところでしょうか。

 いずれにしても、妥協なしの硬派なオルタナティヴ・サウンドと、4人のメンバーによる表現力ゆたかなボーカルの融合という、ヤナミュー特有の黄金比は変わっていません。

 以下、1曲ごとに簡単にレビューします。

1, ルーブルの空
 イントロから、ギターが時空を捻じ曲げるように鳴り響き、タイトさと荒々しさを併せ持ったアンサンブルが展開。

 タイトに引き締まったパートと、荒々しく躍動するパートが細かく切り替わり、コントラストが鮮明。

 ところどころ変拍子も顔を出し、足がもつれながらも、気にせず走る抜けるような荒々しさが、かっこいい1曲です。

2, クローサー
 前のめりに打ちつけられるドラムに、ギターとボーカルが絡みつき、躍動感をともなって疾走していく曲です。

 ハードな音像とアンサンブルに負けず、むしろ4人のボーカルが、バンドを先導していくようなバランス。メンバーの歌唱力の向上を感じさせる曲でもあります。

 オモテの拍を食い気味に打ちつけるドラムのリズムと、波のようなギターのフレーズ、そして速めのテンポ。ハードコア色の濃い1曲。

3, GHOST WORLD
 ギターの鋭いカッティングに、エフェクト処理されているのか、浮遊感のあるボーカルが重なり合う、疾走感あふれる1曲。

 やや物憂げなボーカリゼーションで、音程の起伏の少ないAメロに対し、サビに入ると一転してメロディアスに展開。ここまでわかりやすく、長調の爽やかなメロディーというのも、ヤナミューにしては珍しい。

 再生時間2:54あたりから聞こえる、ギターのテクニカルな速弾きも、疾走感を増幅させています。

4, HOLY GRAiL
 ギターのアルペジオから始まる、ミドルテンポの1曲。Aメロでは、2人ずつハモリながら歌っていて、こういうアレンジが可能なのも、4人編成のメリットだなと感じます。

 4人の声の違いもわかりやすく、和音的なハーモニーだけでなく、音響的な深みも多分に持っています。

5, No Regret
 イントロで聞こえる、スケール練習みたいな幾何学的なギターのフレーズが印象的。荒々しく小節線を飛びこえていくアレンジも好きですけど、この曲のように理路整然としたアンサンブルもいいですね。

 ボーカルのメロディーは流麗。再生時間2:05あたりからのギターソロは、糸を引くような音作りとフレーズ。ベタにエモい要素が多く含まれているんですけど、メンバーの歌唱とハーモニーが良いからか、モダンな聴感になっています。

6, Reflection
 前曲「No Regret」につづいて、ストレートにエモい曲が並びます。ミュートを織り交ぜたゴリゴリしたギターと、ところどころカチッとリズムを止めるボーカルのメロディーが、Aメロの推進力になってますね。

 サビに入ると、それまで溜め込んだパワーを爆発させるように、ギターも歌メロも開放的に展開。これもベタといえばベタなんですけど、泣けるほどかっこいいです(笑)

7, Any
 短調が多いヤナミューの楽曲群のなかで、めずらしく突き抜けた明るさの長調の楽曲です。西海岸のパンクバンドかと思うぐらい、明るくて爽やか。

 再生時間0:38あたりからなんか、ヘッドバンギングでも起こりそうなリズム構成です。ただ、ヤナミューらしいと言うべきか、目まぐるしく展開があり、全体の構成はなかなか複雑。

 ギターもパワーコードで押し切るばかりじゃなく、細かくパーカッシヴにリズムを刻んだり、再生時間1:20あたりからはタッピングを織り交ぜて、テクニカルな演奏を披露したりと、聴きどころは満載です。

8, 天気雨と世界のパラード
 各楽器ともシンプルにリズムを刻むイントロから、段階的にシフトを上げ、サビでコード進行的にもアレンジ的にもクライマックスに達する、王道の展開。

 コードとメロディーは循環してるんですけど、バンドのアンサンブルは変化を続けるので、4分ほどの曲なのに、実際より長く感じます。それぐらい、細部まで趣向が凝らされた1曲。

9, AWAKE
 ミュート奏法のギターをはじめ、音の枝葉が少ないイントロから始まり、サビでは音で埋め尽くされる。静と動というほど極端ではありませんが、音の出し入れが絶妙なアレンジです。

 個人的には、Aメロで聞こえる、ベースの行ったり来たりする一塊りのフレーズが好き。

10, Palette
 他のバンドを引き合いに出しすぎるのは好きじゃないんですけど、American Football、Pele、Tristezaあたりのポストロックを彷彿とさせる曲です。

 というか、正直イントロを聴いたとき、ギターのクリーンな音作りと、回転するようなフレーズから「まんまAmerican Footballじゃん!」と思いました。

 全体のサウンド・プロダクションも、激しい歪みは鳴りを潜め、おだやか。ファルセットを織り交ぜ、高音域に寄ったボーカルは、幻想的な空気を醸し出します。

11, Phantom calling
 各楽器とも、複雑なフレーズを正確にくり出し、マスロックかくあるべし!という演奏が繰り広げられる1曲です。

 ミクロな視点で各フレーズを追いかけると、まぁ複雑なんですけど、機械仕掛けの時計のように、カッチリと一体感のあるアンサンブルが構成されます。

 ただ、そんな複雑怪奇なアンサンブルのなかで、分離することなくボーカルのメロディーが際立っていて、ポップ・ソングとして成立してるところが凄い。

 バックは変拍子と転調、変態的なフレーズの嵐みたいな演奏なのに、思いのほかサラッと聴けてしまうという。

総評

 最後の「Phantom calling」が特に象徴的ですけど、複雑な構成の曲でも、ポップスとして成立させるバランス感覚が抜群な1作です。

 実験性と大衆性を両立させる最も大きな要因は、やっぱり4人のメンバーのボーカルワークでしょう。前作『BUBBLE』と比較すると、パート割り、ハモリなど、ボーカルもより凝った構成になっています。

 また、前作との差異というと、素直にボーカルが前景化された曲が多いな、とも思います。前作は曲によっては、ボーカルがバンドに埋もれるようなバランスの曲もあり、それはそれでかっこよかったんですけどね。

 いずれにしても、前作と並んで「名盤」と言えるクオリティを備えたアルバムです。

 




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ヤなことそっとミュート『BUBBLE』


ヤなことそっとミュート 『BUBBLE』

発売: 2017年4月5日
レーベル: クリムゾン印刷

目次
イントロダクション
1, morning
2, カナデルハ
3, Lily
4, am I
5, ツキノメ
6, Just Breathe
7, orange
8, 燃えるパシフロラ
9, see inside
10, sputnik note
11, Done
12, ホロスコープ
13, No Known
総評

イントロダクション

 2016年結成の女性アイドルグループ、ヤなことそっとミュートの1stアルバム。

 「アイドル戦国時代」なんて言葉を聞くようになってから久しく、2010年代に入ってから、多くのアイドルグループが誕生しました。

 グループ数の増加に比例して、ジャンルの幅も拡大。最近では、オルタナティヴ・ロック、ポストロック、シューゲイザーなど、いわゆるアイドル歌謡らしからぬ音楽性を持ったアイドルも珍しくありません。

 「ヤなことそっとミュート」もそのひとつ。彼女たちの音楽の基本となるのは、オルタナティヴ・ロック。

 それも「歌謡曲をオルタナ風に仕上げました」とか、「とりあえずオルタナを女の子に歌わせてみました」という感じではなくて、正真正銘のオルタナティヴ・ロックなんです。

 逆に2010年代において、こんなストレートに、90年代直系のオルタナでいいんだろうか?と思うぐらい。

 でも、古き良きオルタナやグランジを焼き直しているだけじゃなく、アイドルらしいポップさも持ち合わせているのが、このグループのすごいところ。

 具体的には、4人のメンバーによる女声ボーカルが、ギターの渦や立体的なアンサンブルと溶け合い、まったく新しい音楽を構築しているんですよね。

 洋楽でオルタナやグランジに親しんでいた人は、新鮮な気持ちで楽しめるし、その手の音楽を聴いてこなかった人にも、甘いメロディーが入口となり、めちゃくちゃかっこいいハードな音楽として受け入れられるでしょう。

 僕自身はこの手の音楽が非常に好きなので、フックが無数にある、いやらしいほどかっこいいアルバムだなと思いながら、本作『BUBBLE』を聴きました。

 以下、1曲ごとに簡単なレビューをしながら、本作の魅力や聴きどころを、より深くご紹介できればと思います。

1, morning
 なんとなく曲名的に、ボーカルの入らないインスト曲なのかなと想像していましたが、ボーカル入りです。

 イントロからギターのフィードバックが鳴り響き、ドラムが立体的にリズムを叩きつけ、さらに激しく歪んだギターが、波のように折り重なっていきます。アルバム1曲目にふさわしく、ハードな音像を持った、オルタナ然とした楽曲。

 ボーカルが入ってくると、一変して手数を絞ったタイトなアンサンブルになるのですが、ボーカルも楽器の一部といった感じで、まわりと噛み合っているんですよね。

 「伴奏があって歌のメロディーがある」というバランスではなくて、歌もアンサンブルの一部として機能しているところが、またオルタナらしいんです。

2, カナデルハ
 ジャズでピアノの音を「転がる」って表現することがありますけど、この曲のAメロ部分のボーカルも、4人が代わる代わるコロコロ転がるように、時には折り重なりながら、歌っています。

 バンドも音を詰め込みすぎず、ボーカルと絡み合うように、抑え気味に躍動。でも、サビに入るとシフトが切り替わり、メロディーもアンサンブルも、流れるように疾走するコントラストが鮮やかです。

3, Lily
 ボーカルも含めて、すべての楽器がお互いのリズムに食い込むように、タイトかつ有機的に躍動する1曲。

 ボーカルとバンドのテンションが一致していて、サビに入りボーカルが伸びやかに音程を上昇すると、それに合わせてバンドも唸りをあげます。

 「切ないメロディー」って表現することがありますけど、この曲に関してはメロディー単体の切なさに加えて、バンドが切なさや焦燥感を増幅させています。ボーカルとバンドの一体感が秀逸。

 4人のボーカルが、ところどころハーモニーになるところも、さらなる切なさを演出していますね。

4, am I
 音数を絞り、各楽器がはずむように、ゆったりとリズムを刻む前半から始まり、サビに入ると轟音ギターが唸りをあげる展開。

 静と動の往復というのも、オルタナやシューゲイザーによくあるアレンジですけど、この曲は良い意味で、J-POP的なバラード要素を持っているところが魅力。

 女声ボーカルによる情緒的な歌が、激しくもメリハリのついたバンドと比例していて、ますます歌の魅力を際立たせていますね。

5, ツキノメ
 ざらついたギターが前面に出た1曲。ギターとリズム隊が、ひとつの織物を編みあげるように、細かい音を持ち寄って、隙間ないアンサンブルを構成しています。

 ボーカルはそこから浮かび上がるように、並行してメロディーを紡いでいて、バンドとボーカルの音量がほぼ対等。このあたりのミックスのバランスも、実にオルタナ的。言い換えれば、非アイドル歌謡的です。

6, Just Breathe
 各楽器が絡み合うように疾走していく1曲。直線的ではなく、ところどころ足がもつれるようなリズムやフレーズが、散りばめられています。

 ボーカルもバンドと共に、不可分なほど絡み合い、疾走していきます。

7, orange
 イントロから前のめりに疾走。ヤナミューにしては、リズム構造がシンプルな曲とも言えます。

 その代わりに、バンドとボーカルの疾走感、一体感は抜群。

8, 燃えるパシフロラ
 前曲「orange」につづいて、比較的シンプルなリズム構造の1曲。疾走感は抑えめで、その代わりにギターのハーモニーが前景化されています。

 この曲や「orange」を聴いていると、メンバーのボーカリストとしての表現力の高さに驚きます。単純に歌がうまいってことじゃなくて、バンドの表現する世界観に溶け込むセンスが、非常に高いんです。

 「声も楽器」という言い回しがありますが、ヤナミューのメンバーはまさにそう。この曲を例にとっても、物憂げで厚みのあるギターサウンドと一体となり、楽曲の世界観を完璧に演出しています。

9, see inside
 ざらついたギターの奥から、ウィスパー系のボーカルが厳かに響くイントロ。

 その後も、バンドのアンサンブルをかき分けるように、あるいはアンサンブルの隙間を縫い合わせるように、ボーカルはメロディーを紡いでいきます。

 ところどころ、ボーカルがバンドに埋もれるバランスのところもあるのですが、それが気にならないぐらい両者が一体となっており、またバックの演奏がインスト曲でも成立するぐらいの完成度。

10, sputnik note
 この曲はジャンルでいうとポスト・ハードコアやポストロック、プログレを彷彿とさせる構成で、非常にかっこいいです。

 イントロのねじれるギターのフレーズ。Aメロの立体的でトライバルなドラム。再生時間0:47あたりでの、バンド全体のシフトの切り替えなど、音楽的フックが無数にあり、目まぐるしく展開していきます。

 そんな曲の構成に振り回されることなく、むしろ主導するようにメロディーを乗せていく、ヤナミューのメンバーも見事。

11, Done
 バウンドするドラムに、重たく絡みつくギター、地を這うようなベース。完全にオルタナなトラックの上に、軽やかに乗るメロディー。

 本作のなかで、もっとも伴奏とボーカルという役割のわかりやすい曲ですが、分離しているわけじゃなくて、レイヤー状に重なり、並走するようなバランスです。

 他の曲に比べて、ボーカルが前景化されているのは確か。でも、再生時間1:42あたりの厚みのあるコーラス・ワークだったり、高音部でギターのチョーキングのようにエモーショナルだったりと、ボーカルもどこか楽器的です。

 前述のコーラスワークも、和音としてのハーモニーが際立っているというより、ギターのコーラスのエフェクターをかけたような、重曹感が強いんですよね。シューゲイザー的なボーカルと言っても、いいかもしれません。

12, ホロスコープ
 ベースとドラムのみ。音数を極限まで絞った、ミニマルなイントロから始まり、徐々に音数と音量が上がっていく1曲。

 4曲目「am I」のような、対比のハッキリした静と動ではなくて、シフトを段階的に切り替えながら、静寂と轟音を行き来するアンサンブルです。

13, No Known
 各楽器のフレーズがお互いに突き刺さるようで、複雑かつ一体感のあるアンサンブルが構成される1曲。こういう構造の曲、大好きです。

 サビでは直線的に疾走し、それ以外の部分では複雑に絡み合い、1曲の中でのコントラストも秀逸。

 再生時間1:52あたりからの手数の多いタイトなドラムだったり、2:59あたりの空間を切り裂くようなギターだったり、とにかく多様なアレンジが詰め込まれていて、聴くたびに発見があります。

総評

 オルタナティヴ・ロックを基本としているのは、冒頭で述べたとおり。とにかく多くのジャンルやバンド名に言及したくなるほど、多彩な楽曲群が詰め込まれています。

 ただ、これも前述したとおり、オルタナのコピーバンドでは決してないんです。本作およびヤナミューの特異な点は、歌のメロディーがバンドと対等であり、ボーカルがアンサンブルの一部として機能しているところ。

 だから曲によっては、ボーカルがバンドに隠れるような、音量バランスの部分もあります。

 一部のグランジやオルタナのバンドのメロディーって、コード進行やバックの演奏に引っ張られて、良くも悪くも一体感があるんですけど、ヤナミューはメロディーがまず自立してるんです。

 しかも、メロディーとそれを支える伴奏という主従関係ではなく、ボーカルもアンサンブルの一部としてバンドに取り込まれ、躍動する。ここが何よりも魅力的。

 メンバーの表現力も申し分なく、パワフルなバンドの音像に負けることなく、多彩な世界観を表現していますね。

 アンサンブル志向の音楽でありながら、メロディーの存在感も際立っている。世界的に見ても、珍しいグループだと思います。

 




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エレファントカシマシ『生活』


エレファントカシマシ 『生活』

アルバムレビュー
発売: 1990年9月1日
レーベル: EPIC/SONY

 『生活』は、エレファントカシマシの1990年発売の4thアルバム。

 荒々しいロックンロールを響かせた1stアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』から、2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』、3rdアルバム『浮世の夢』と、サウンド的にはメローな要素を強めていったエレファントカシマシ。4枚目の『生活』は、過去3作で培ってきたハードな面とメローな面が、バランスよく融合した1枚であると言えます。同時に、歌詞には内省的な表現が増しています。

 1曲目「男は行く」から、激しく歪んだギターがラフな感じにリフを弾き始め、ボーカルもそれに応えるように絞り出すような声。さらにベースとドラムのリズム・セクションも、アンサンブルを支えつつも、絡み合うようにグルーヴを生んで生きます。

 直線的に突っ走るのではなく、ボーカルも含めて全ての楽器が対等にアンサンブルに関与し、バンドが生き物のように躍動する曲です。エモーショナルな歌唱に、タイトに絞り込まれたバンドのアンサンブル。これまで3作を経たバンドの進化が実感できる、非常に完成度の高い1曲からアルバムが始まります。

 2曲目の「凡人 -散歩き-」では、ギターがカウントをとるようなフレーズから、縦のぴったり揃ったイントロ。その後すぐに、各楽器がほどけていくようにグルーヴする、メリハリの効いた1曲。この曲は1曲を通して、タイトに合わせる部分とラフにグルーヴする部分が共存し、バンドのアンサンブルの精度が向上していることが自ずと伝わってきます。ギターの金属的な響きも、バンド・サウンドを引き締めています。

 3曲目「too fine life」は、ほどよく歪んだ音のギターの流れるようなイントロから、ペース・メーカーのようにリズムを刻むベースとドラム。言葉と共に流れるような自然なボーカルのメロディー・ラインと併せて、ロックな要素とメローな要素が溶け合った1曲。

 4曲目「偶成」は、アコースティック・ギターを中心にした、ゆったりしたテンポの1曲。ボーカルと歌詞が前景化し、耳と心に染み渡ります。ラブソングなど人との関係性を歌う曲が圧倒的に多い日本の音楽シーンにおいて、この曲のように自分自身と向かい合い、内省的な名曲をいくつも生み出していることも、エレカシの特異なところ。激しく歪んだディストーション・ギターは最後まで出てこないものの、リズムのメリハリとボーカリゼーションによってクライマックスを演出していて、バンドとしての成熟と進化を感じさせます。

 5曲目「遁生」は、12分にも及ぶ大曲です。4曲目と同じくアコースティック・ギターの弾き語りのような始まりから、極力音量の変化に頼らずにダイナミズムを表現しています。

 6曲目は「月の夜」。アコースティック・ギターを使用した曲が続きます。ロックバンドとしての多彩なアンサンブルを聴かせる1曲目から3曲目までと、テンポを抑えながらエモーションを表現する4曲目から6曲目。アルバムの流れとしても、良いバランスだと思います。美しいファルセットと、エモーションを絞り出すような歌唱が混じり合う、宮本さんのボーカルが聴きどころ。

 アルバムラストの7曲目は「晩秋の一夜」。5曲目「遁生」に続いて、こちらも10分を超える大曲。アコースティック・ギターを中心にしながら、歪んだギターのサウンドも効果的に導入し、1曲のなかでコントラストの感じられるアンサンブル。再生時間0:41あたりから聞こえるピアノのような音、1:43あたりから聞こえるギターの音など、音数を絞り込みながら丁寧に組み上げた様子がうかがえます。無駄な音と言葉が、一切ありません。

 アルバム作品にしては少ない7曲の収録ながら、収録時間は50分。前述したように10分を超える曲を2曲含み、1曲が持つコントラストとダイナミズムの幅の広がりを感じる1枚です。

 音楽を語るときに「なにかに似ている」と言うのは単純化が過ぎるのは承知していますが、このアルバムの前半は、アレンジメントとサウンド・プロダクションにレッド・ツェッペリンに近いものを感じます。もちろん、ただの借り物ではなく、エレカシらしく日本的なオリジナリティを獲得した上で、ということです。

 





エレファントカシマシ『浮世の夢』


エレファントカシマシ 『浮世の夢』

アルバムレビュー
発売: 1989年8月21日
レーベル: EPIC/SONY

 『浮世の夢』は、エレファントカシマシの1989年発売の3rdアルバム。

 初期衝動をそのまま音楽に変換したかのような、エモーションが爆発するガンガンのロックンロールが続く『THE ELEPHANT KASHIMASHI』。メローな歌唱やミドル・テンポの曲の増加、変拍子の導入など、音楽性と表現力を広げた『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』。そんな2作に続く、3枚目のアルバムが今作『浮世の夢』。

 2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』は、1stアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』のアグレッシヴな要素は引き継ぎつつ、バンドもボーカルも表現力を深めた1作でした。では、3作目の『浮世の夢』では、どのような進化を遂げたのか。メローな部分をさらにおし進め、表現の幅を広げた1枚と言えます。

 過去2作が激しく歪んだギターを中心にした、洋楽オールド・ロックに近いアレンジとサウンドだったのに比べて、今作はギターの歪みは控えめに、曲によってはフォーク・ロックのような音作りになっています。また、メロディーも日本的で、歌詞には東京の風景を切り取るような描写が多く、音楽的にも歌詞の面でも叙情性が増しています。

 しかし、ただおとなしくなったわけではなく、例えば1曲目「「序曲」夢のちまた」は、ゆったりと季節と風景を描くような1曲ながら、曲のラストにはエモーションが爆発するところがあり、今までの良さを活かしつつ、音楽性を広げようという意図が感じられます。音数の少ないバンドのアンサンブルと共に、優しく語りかけるように、タメをたっぷりととって歌うイントロから、シャウトと言ってもいいぐらいに絞り出すように声を響かせるラストまで、音量と表現の振り幅が非常に広い1曲です。

 前述したように、このアルバムには季節や風景を切り取ったような情緒的な表現が多数出てきます。1曲目「「序曲」夢のちまた」には「不忍池」、曲のタイトルにもなっている3曲目「上野の山」と、具体的な地名も登場。この2曲の歌詞から、僕はこのアルバムを聴くと上野の風景を思い浮かべてしまいます。

 5曲目「珍奇男」は、現在でもライブの定番曲。アコースティック・ギターのみの弾き語りの序盤から、徐々に楽器が増え、ボーカルのテンションも上がっていく、ダイナミズムの広い1曲。皮肉なのかユーモアなのか、とにかく「言いたいことがある」という思いが伝わる歌詞とも相まって、曲の世界観に引き込まれ、7分を超える大曲ですが一気に聴けます。不適切な表現かもしれませんが、エレカシ流のプログレのような1曲。

 月夜の散歩を歌った8曲目「月と歩いた」も名曲。1人で月が出ている夜道を散歩している様子を歌った曲なのですが、歌詞には「寒い夜ありがたい散歩の道づれに」と出てきます。この一節に端的にあらわれているのですが、月に対して「ありがたい」と思う感受性をはじめとして、感情と風景が目の前に広がるような情緒的でイマジナティヴな1曲です。

 アコースティック・ギターとボーカルのみのイントロから、1stアルバムに戻ったかのようなロックなブリッジ部を挟んで、また静かなパートに戻る構成にも意外性があります。ブリッジ部分の歌詞は、車が走る音を「ブーブーブー」とあらわしていますから、走り去る車の騒音を、バンドのサウンドでも表現したのだろうと思います。このあたりの歌詞とサウンドの一体感も秀逸。

 宮本さんのボーカルは、過去2作はライブでテンションが突き抜けていくような、その場でエモーションのほとばしるライブを体験しているかのようなリアリティがありましたが、今作ではその場で弾き語りを聴いているような、宮本さんが耳元で囁いているかのようなリアリティがあります。

 全体のサウンド・プロダクションと歌い方の質を変えながらも、ライブ感があるところは変わっていません。ボーカルと共に、バンドのアンサンブルにも新たな方向性が聞き取れます。『浮世の夢』は、ボーカルもバンドのアンサンブルも、表現力をさらに深めた1枚と言えるのではないかと思います。

 僕自身も東京出身で、田舎に帰省するという経験がないのですが、『浮世の夢』を聴くと、子供のころに見た東京の風景が蘇るような、東京出身でよかったと思える、郷愁を感じます。前述したように、僕の中でこのアルバムは上野のイメージです。不忍池や五重塔、上野公園を散歩しながら、このアルバムを聴くのもおすすめです。

 





エレファントカシマシ『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』


エレファントカシマシ 『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』

アルバムレビュー
発売: 1988年11月21日
レーベル: EPIC/SONY

 『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』は、エレファントカシマシの1988年発売の2ndアルバム。

 1stアルバムで確固たるオリジナリティと音楽性を提示したバンドが、2ndアルバムをどのような作品に仕上げるべきなのか、というのは非常に難しい問題です。1stアルバムの方向性をつきつめていくべきなのか、あるいは新たな音楽性を目指すべきなのか。

 もちろん、このような二元論で割り切れるトピックではありませんが、2ndアルバムが1stアルバムとの比較で評価される側面を持つのは、事実と言わざるを得ないでしょう。

 1stアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』で、あふれ出るエモーションがそのまま音楽に具象化したような作品を作り上げたエレファントカシマシ。その1stアルバムの発売から、わずか8ヶ月後にリリースされたのが『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』です。では、そのわずか8ヶ月のインターバルで音楽はどのような進化を遂げたのか、あるいは遂げなかったのか。結論から言うと、前作のアグレッシブさは失わずに、表現力を格段に広げた1作であると思います。

 足がもつれながらも疾走していくように、ラフさとタイトさの共存した、ドライヴ感あふれるサウンドの「ファイティングマン」からスタートした前作。今作の1曲目「優しい川」は、テンポも抑え目に、ボーカルも感情を抑えたような気だるい雰囲気の歌い方で始まります。ギターの歪みも抑え目で、あきらかに前作とはサウンド・プロダクションの異なる1曲目です。

 しかし、再生時間0:35あたりから全体のリズムが切り替わり、ボーカルも「ファイティングマン」を彷彿とさせるエモーショナルな歌い方へ。各楽器とボーカルが、お互い遅れるような、前のめりになるような、直線的ではない不思議なリズムを形成します。このリズムとボーカリゼーションの切り替えは、Aメロからサビへの進行のように1曲をとおしておこなわれ、リズム的にも音量的にもレンジの広い1曲です。

 2曲目「おはよう こんにちは」は、テンポはやや抑え目なものの、前作でも聴くことのできた宮本さんのエモーショナルな歌唱が、歌い出しから堪能できます。歌い出しの歌詞は、タイトルと同じく「おはよう こんにちは さようなら」となっているのですが、これ以上にエモーショナルな「おはよう」も「こんにちは」も存在しないと言い切れるぐらいの、すさまじいパワーの込められた「おはよう」と「こんにちは」です。

 リズムがゆったりな分だけ、むしろアップテンポな曲よりも、宮本さんのボーカリゼーションの凄みが、ダイレクトに迫ってきます。また、この曲での宮本さんは、小節線を越えてしまうのではないか、バンドの演奏とズレが生じてしまうのではないかと心配になるぐらい、リズムにタメをたっぷりと取っており、バンドとボーカルの関係性も、音楽的なフックになっています。

 ささやくような静かな歌い方と、絞りだすシャウトのような歌い方が、交互に切り替わる、ドラムの冨永さん作詞作曲の4曲目「土手」、5拍子と3拍子を使った5曲目「太陽ギラギラ」など、新たな方法論に果敢にチャレンジしていく、バンドの志の高さが随所にうかがえます。しかし、この2曲を例にとっても、ただ単に今までやったことがないことをやってみる、言い換えれば実験のための実験になっているのではなく、バンドが表現できる感情の幅を拡大したい、という意思がはっきりとわかります。

 例えば「土手」の、「そばにいて 笑って」の部分で細かくボーカリゼーションを切り替える部分は、熱情を吐き出すように歌う激しさと、愛情をささやくように歌う繊細な表現の、中間点を目指しているように思えます。歌い方を変えることで、それまでは表現できなかった感情を表現する、感情表現の精度をさらに高めることを、目指したのではないでしょうか。

 アルバムのラストを飾る10曲目は「待つ男」。宮本さんは、イントロでは気だるい溜息のような声を出し、その後はエモーション全開。この圧倒的な声の支配力は1stアルバムでも確立されていたエレカシの長所のひとつですが、「待つ男」でのバンドのアンサンブルは、1stアルバムには無かった新たなグルーヴを探るかのように新鮮です。各楽器がリズムにタメを作ったり、曲の途中にバンド全体でリズムを変えたり、宮本さんも独特のタイム感で歌い、リズムが伸縮するような心地よさがある1曲です。

 『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』は、前作で磨きあげたエモーショナルな感情表現とバンドのアンサンブルを、さらに広げた1枚です。すなわち、熱量の高いボーカリゼーションとバンド・アンサンブルは捨てることなく、熱量のコントロールがより自在になった1枚。

 最高温度は前作と変わらず、温度の幅が広がった1枚と言えるのではないかと思います。アグレッシブさは無くさず、感情表現の幅を確実に広げた『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』は、理想的な2ndアルバムだと言っていいでしょう。