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ヤなことそっとミュート『MIRRORS』


ヤなことそっとミュート 『MIRRORS』

発売: 2018年5月6日
レーベル: クリムゾン印刷

目次
イントロダクション
1, ルーブルの空
2, クローサー
3, GHOST WORLD
4, HOLY GRAiL
5, No Regret
6, Reflection
7, Any
8, 天気雨と世界のパラード
9, AWAKE
10, Palette
11, Phantom calling
総評

イントロダクション

 2016年結成の女性アイドルグループ、ヤなことそっとミュートの2ndスタジオ・アルバム。

 オルタナティヴ・ロックを下敷きに、エモ、グランジ、ポストロック、ポスト・ハードコア、シューゲイザーなど、多彩なジャンルを横断する音楽性を持ったグループ。それが、ヤなことそっとミュート、通称ヤナミューです。

 2010年代に入り、非アイドル・ポップ的な音楽を志向するグループは、ヤナミュー以外にも多数います。そのなかでヤナミューが特異なのは、硬派な音楽性と、アイドル的なポップさを、分離することなく共存させているところ。

 アイドルにただオルタナティヴ・ロックをかぶせるのではなく、かといってアイドル歌謡を、オルタナ風にアップデートしたわけでもない。

 洋楽にも負けないクオリティを保ちながら、女声ボーカル4人を擁するアイドル・グループとしての魅力が、高次に両立しているんです。

 具体的には、サウンドとアレンジは硬派なオルタナ。そこに女声ボーカルが楽器のようにアンサンブルと溶け合い、カラフルな世界観を実現しています。

 いわば、ボーカルもひとつの楽器として、アンサンブルに参加しているんですよね。しかも、前述のとおりメンバーは4人。

 複数の女声ボーカルによる、ハーモニーと巧みなパート分け。ときにはコール・アンド・レスポンスのような掛け合いもあり、4人のボーカリストを擁している点が、サウンド的にもリズム的にも、あきらかにプラスに働いています。

 複数の女声によるアイドルらしいボーカル・ワークが、オルタナティヴなアレンジと溶け合い、ヤナミューにしか実現できない音楽を作り上げているんです。

 前作『BUBBLE』から、およそ1年ぶりのリリースとなる本作『MIRRORS』。

 硬質なサウンド・プロダクションと、趣向を凝らしたアンサンブルは健在。前作からの違いを挙げるなら、直線的なビートを持った、疾走感あふれる曲が多数をしめるところでしょうか。

 いずれにしても、妥協なしの硬派なオルタナティヴ・サウンドと、4人のメンバーによる表現力ゆたかなボーカルの融合という、ヤナミュー特有の黄金比は変わっていません。

 以下、1曲ごとに簡単にレビューします。

1, ルーブルの空
 イントロから、ギターが時空を捻じ曲げるように鳴り響き、タイトさと荒々しさを併せ持ったアンサンブルが展開。

 タイトに引き締まったパートと、荒々しく躍動するパートが細かく切り替わり、コントラストが鮮明。

 ところどころ変拍子も顔を出し、足がもつれながらも、気にせず走る抜けるような荒々しさが、かっこいい1曲です。

2, クローサー
 前のめりに打ちつけられるドラムに、ギターとボーカルが絡みつき、躍動感をともなって疾走していく曲です。

 ハードな音像とアンサンブルに負けず、むしろ4人のボーカルが、バンドを先導していくようなバランス。メンバーの歌唱力の向上を感じさせる曲でもあります。

 オモテの拍を食い気味に打ちつけるドラムのリズムと、波のようなギターのフレーズ、そして速めのテンポ。ハードコア色の濃い1曲。

3, GHOST WORLD
 ギターの鋭いカッティングに、エフェクト処理されているのか、浮遊感のあるボーカルが重なり合う、疾走感あふれる1曲。

 やや物憂げなボーカリゼーションで、音程の起伏の少ないAメロに対し、サビに入ると一転してメロディアスに展開。ここまでわかりやすく、長調の爽やかなメロディーというのも、ヤナミューにしては珍しい。

 再生時間2:54あたりから聞こえる、ギターのテクニカルな速弾きも、疾走感を増幅させています。

4, HOLY GRAiL
 ギターのアルペジオから始まる、ミドルテンポの1曲。Aメロでは、2人ずつハモリながら歌っていて、こういうアレンジが可能なのも、4人編成のメリットだなと感じます。

 4人の声の違いもわかりやすく、和音的なハーモニーだけでなく、音響的な深みも多分に持っています。

5, No Regret
 イントロで聞こえる、スケール練習みたいな幾何学的なギターのフレーズが印象的。荒々しく小節線を飛びこえていくアレンジも好きですけど、この曲のように理路整然としたアンサンブルもいいですね。

 ボーカルのメロディーは流麗。再生時間2:05あたりからのギターソロは、糸を引くような音作りとフレーズ。ベタにエモい要素が多く含まれているんですけど、メンバーの歌唱とハーモニーが良いからか、モダンな聴感になっています。

6, Reflection
 前曲「No Regret」につづいて、ストレートにエモい曲が並びます。ミュートを織り交ぜたゴリゴリしたギターと、ところどころカチッとリズムを止めるボーカルのメロディーが、Aメロの推進力になってますね。

 サビに入ると、それまで溜め込んだパワーを爆発させるように、ギターも歌メロも開放的に展開。これもベタといえばベタなんですけど、泣けるほどかっこいいです(笑)

7, Any
 短調が多いヤナミューの楽曲群のなかで、めずらしく突き抜けた明るさの長調の楽曲です。西海岸のパンクバンドかと思うぐらい、明るくて爽やか。

 再生時間0:38あたりからなんか、ヘッドバンギングでも起こりそうなリズム構成です。ただ、ヤナミューらしいと言うべきか、目まぐるしく展開があり、全体の構成はなかなか複雑。

 ギターもパワーコードで押し切るばかりじゃなく、細かくパーカッシヴにリズムを刻んだり、再生時間1:20あたりからはタッピングを織り交ぜて、テクニカルな演奏を披露したりと、聴きどころは満載です。

8, 天気雨と世界のパラード
 各楽器ともシンプルにリズムを刻むイントロから、段階的にシフトを上げ、サビでコード進行的にもアレンジ的にもクライマックスに達する、王道の展開。

 コードとメロディーは循環してるんですけど、バンドのアンサンブルは変化を続けるので、4分ほどの曲なのに、実際より長く感じます。それぐらい、細部まで趣向が凝らされた1曲。

9, AWAKE
 ミュート奏法のギターをはじめ、音の枝葉が少ないイントロから始まり、サビでは音で埋め尽くされる。静と動というほど極端ではありませんが、音の出し入れが絶妙なアレンジです。

 個人的には、Aメロで聞こえる、ベースの行ったり来たりする一塊りのフレーズが好き。

10, Palette
 他のバンドを引き合いに出しすぎるのは好きじゃないんですけど、American Football、Pele、Tristezaあたりのポストロックを彷彿とさせる曲です。

 というか、正直イントロを聴いたとき、ギターのクリーンな音作りと、回転するようなフレーズから「まんまAmerican Footballじゃん!」と思いました。

 全体のサウンド・プロダクションも、激しい歪みは鳴りを潜め、おだやか。ファルセットを織り交ぜ、高音域に寄ったボーカルは、幻想的な空気を醸し出します。

11, Phantom calling
 各楽器とも、複雑なフレーズを正確にくり出し、マスロックかくあるべし!という演奏が繰り広げられる1曲です。

 ミクロな視点で各フレーズを追いかけると、まぁ複雑なんですけど、機械仕掛けの時計のように、カッチリと一体感のあるアンサンブルが構成されます。

 ただ、そんな複雑怪奇なアンサンブルのなかで、分離することなくボーカルのメロディーが際立っていて、ポップ・ソングとして成立してるところが凄い。

 バックは変拍子と転調、変態的なフレーズの嵐みたいな演奏なのに、思いのほかサラッと聴けてしまうという。

総評

 最後の「Phantom calling」が特に象徴的ですけど、複雑な構成の曲でも、ポップスとして成立させるバランス感覚が抜群な1作です。

 実験性と大衆性を両立させる最も大きな要因は、やっぱり4人のメンバーのボーカルワークでしょう。前作『BUBBLE』と比較すると、パート割り、ハモリなど、ボーカルもより凝った構成になっています。

 また、前作との差異というと、素直にボーカルが前景化された曲が多いな、とも思います。前作は曲によっては、ボーカルがバンドに埋もれるようなバランスの曲もあり、それはそれでかっこよかったんですけどね。

 いずれにしても、前作と並んで「名盤」と言えるクオリティを備えたアルバムです。

 




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ヤなことそっとミュート『BUBBLE』


ヤなことそっとミュート 『BUBBLE』

発売: 2017年4月5日
レーベル: クリムゾン印刷

目次
イントロダクション
1, morning
2, カナデルハ
3, Lily
4, am I
5, ツキノメ
6, Just Breathe
7, orange
8, 燃えるパシフロラ
9, see inside
10, sputnik note
11, Done
12, ホロスコープ
13, No Known
総評

イントロダクション

 2016年結成の女性アイドルグループ、ヤなことそっとミュートの1stアルバム。

 「アイドル戦国時代」なんて言葉を聞くようになってから久しく、2010年代に入ってから、多くのアイドルグループが誕生しました。

 グループ数の増加に比例して、ジャンルの幅も拡大。最近では、オルタナティヴ・ロック、ポストロック、シューゲイザーなど、いわゆるアイドル歌謡らしからぬ音楽性を持ったアイドルも珍しくありません。

 「ヤなことそっとミュート」もそのひとつ。彼女たちの音楽の基本となるのは、オルタナティヴ・ロック。

 それも「歌謡曲をオルタナ風に仕上げました」とか、「とりあえずオルタナを女の子に歌わせてみました」という感じではなくて、正真正銘のオルタナティヴ・ロックなんです。

 逆に2010年代において、こんなストレートに、90年代直系のオルタナでいいんだろうか?と思うぐらい。

 でも、古き良きオルタナやグランジを焼き直しているだけじゃなく、アイドルらしいポップさも持ち合わせているのが、このグループのすごいところ。

 具体的には、4人のメンバーによる女声ボーカルが、ギターの渦や立体的なアンサンブルと溶け合い、まったく新しい音楽を構築しているんですよね。

 洋楽でオルタナやグランジに親しんでいた人は、新鮮な気持ちで楽しめるし、その手の音楽を聴いてこなかった人にも、甘いメロディーが入口となり、めちゃくちゃかっこいいハードな音楽として受け入れられるでしょう。

 僕自身はこの手の音楽が非常に好きなので、フックが無数にある、いやらしいほどかっこいいアルバムだなと思いながら、本作『BUBBLE』を聴きました。

 以下、1曲ごとに簡単なレビューをしながら、本作の魅力や聴きどころを、より深くご紹介できればと思います。

1, morning
 なんとなく曲名的に、ボーカルの入らないインスト曲なのかなと想像していましたが、ボーカル入りです。

 イントロからギターのフィードバックが鳴り響き、ドラムが立体的にリズムを叩きつけ、さらに激しく歪んだギターが、波のように折り重なっていきます。アルバム1曲目にふさわしく、ハードな音像を持った、オルタナ然とした楽曲。

 ボーカルが入ってくると、一変して手数を絞ったタイトなアンサンブルになるのですが、ボーカルも楽器の一部といった感じで、まわりと噛み合っているんですよね。

 「伴奏があって歌のメロディーがある」というバランスではなくて、歌もアンサンブルの一部として機能しているところが、またオルタナらしいんです。

2, カナデルハ
 ジャズでピアノの音を「転がる」って表現することがありますけど、この曲のAメロ部分のボーカルも、4人が代わる代わるコロコロ転がるように、時には折り重なりながら、歌っています。

 バンドも音を詰め込みすぎず、ボーカルと絡み合うように、抑え気味に躍動。でも、サビに入るとシフトが切り替わり、メロディーもアンサンブルも、流れるように疾走するコントラストが鮮やかです。

3, Lily
 ボーカルも含めて、すべての楽器がお互いのリズムに食い込むように、タイトかつ有機的に躍動する1曲。

 ボーカルとバンドのテンションが一致していて、サビに入りボーカルが伸びやかに音程を上昇すると、それに合わせてバンドも唸りをあげます。

 「切ないメロディー」って表現することがありますけど、この曲に関してはメロディー単体の切なさに加えて、バンドが切なさや焦燥感を増幅させています。ボーカルとバンドの一体感が秀逸。

 4人のボーカルが、ところどころハーモニーになるところも、さらなる切なさを演出していますね。

4, am I
 音数を絞り、各楽器がはずむように、ゆったりとリズムを刻む前半から始まり、サビに入ると轟音ギターが唸りをあげる展開。

 静と動の往復というのも、オルタナやシューゲイザーによくあるアレンジですけど、この曲は良い意味で、J-POP的なバラード要素を持っているところが魅力。

 女声ボーカルによる情緒的な歌が、激しくもメリハリのついたバンドと比例していて、ますます歌の魅力を際立たせていますね。

5, ツキノメ
 ざらついたギターが前面に出た1曲。ギターとリズム隊が、ひとつの織物を編みあげるように、細かい音を持ち寄って、隙間ないアンサンブルを構成しています。

 ボーカルはそこから浮かび上がるように、並行してメロディーを紡いでいて、バンドとボーカルの音量がほぼ対等。このあたりのミックスのバランスも、実にオルタナ的。言い換えれば、非アイドル歌謡的です。

6, Just Breathe
 各楽器が絡み合うように疾走していく1曲。直線的ではなく、ところどころ足がもつれるようなリズムやフレーズが、散りばめられています。

 ボーカルもバンドと共に、不可分なほど絡み合い、疾走していきます。

7, orange
 イントロから前のめりに疾走。ヤナミューにしては、リズム構造がシンプルな曲とも言えます。

 その代わりに、バンドとボーカルの疾走感、一体感は抜群。

8, 燃えるパシフロラ
 前曲「orange」につづいて、比較的シンプルなリズム構造の1曲。疾走感は抑えめで、その代わりにギターのハーモニーが前景化されています。

 この曲や「orange」を聴いていると、メンバーのボーカリストとしての表現力の高さに驚きます。単純に歌がうまいってことじゃなくて、バンドの表現する世界観に溶け込むセンスが、非常に高いんです。

 「声も楽器」という言い回しがありますが、ヤナミューのメンバーはまさにそう。この曲を例にとっても、物憂げで厚みのあるギターサウンドと一体となり、楽曲の世界観を完璧に演出しています。

9, see inside
 ざらついたギターの奥から、ウィスパー系のボーカルが厳かに響くイントロ。

 その後も、バンドのアンサンブルをかき分けるように、あるいはアンサンブルの隙間を縫い合わせるように、ボーカルはメロディーを紡いでいきます。

 ところどころ、ボーカルがバンドに埋もれるバランスのところもあるのですが、それが気にならないぐらい両者が一体となっており、またバックの演奏がインスト曲でも成立するぐらいの完成度。

10, sputnik note
 この曲はジャンルでいうとポスト・ハードコアやポストロック、プログレを彷彿とさせる構成で、非常にかっこいいです。

 イントロのねじれるギターのフレーズ。Aメロの立体的でトライバルなドラム。再生時間0:47あたりでの、バンド全体のシフトの切り替えなど、音楽的フックが無数にあり、目まぐるしく展開していきます。

 そんな曲の構成に振り回されることなく、むしろ主導するようにメロディーを乗せていく、ヤナミューのメンバーも見事。

11, Done
 バウンドするドラムに、重たく絡みつくギター、地を這うようなベース。完全にオルタナなトラックの上に、軽やかに乗るメロディー。

 本作のなかで、もっとも伴奏とボーカルという役割のわかりやすい曲ですが、分離しているわけじゃなくて、レイヤー状に重なり、並走するようなバランスです。

 他の曲に比べて、ボーカルが前景化されているのは確か。でも、再生時間1:42あたりの厚みのあるコーラス・ワークだったり、高音部でギターのチョーキングのようにエモーショナルだったりと、ボーカルもどこか楽器的です。

 前述のコーラスワークも、和音としてのハーモニーが際立っているというより、ギターのコーラスのエフェクターをかけたような、重曹感が強いんですよね。シューゲイザー的なボーカルと言っても、いいかもしれません。

12, ホロスコープ
 ベースとドラムのみ。音数を極限まで絞った、ミニマルなイントロから始まり、徐々に音数と音量が上がっていく1曲。

 4曲目「am I」のような、対比のハッキリした静と動ではなくて、シフトを段階的に切り替えながら、静寂と轟音を行き来するアンサンブルです。

13, No Known
 各楽器のフレーズがお互いに突き刺さるようで、複雑かつ一体感のあるアンサンブルが構成される1曲。こういう構造の曲、大好きです。

 サビでは直線的に疾走し、それ以外の部分では複雑に絡み合い、1曲の中でのコントラストも秀逸。

 再生時間1:52あたりからの手数の多いタイトなドラムだったり、2:59あたりの空間を切り裂くようなギターだったり、とにかく多様なアレンジが詰め込まれていて、聴くたびに発見があります。

総評

 オルタナティヴ・ロックを基本としているのは、冒頭で述べたとおり。とにかく多くのジャンルやバンド名に言及したくなるほど、多彩な楽曲群が詰め込まれています。

 ただ、これも前述したとおり、オルタナのコピーバンドでは決してないんです。本作およびヤナミューの特異な点は、歌のメロディーがバンドと対等であり、ボーカルがアンサンブルの一部として機能しているところ。

 だから曲によっては、ボーカルがバンドに隠れるような、音量バランスの部分もあります。

 一部のグランジやオルタナのバンドのメロディーって、コード進行やバックの演奏に引っ張られて、良くも悪くも一体感があるんですけど、ヤナミューはメロディーがまず自立してるんです。

 しかも、メロディーとそれを支える伴奏という主従関係ではなく、ボーカルもアンサンブルの一部としてバンドに取り込まれ、躍動する。ここが何よりも魅力的。

 メンバーの表現力も申し分なく、パワフルなバンドの音像に負けることなく、多彩な世界観を表現していますね。

 アンサンブル志向の音楽でありながら、メロディーの存在感も際立っている。世界的に見ても、珍しいグループだと思います。

 




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Harold Budd & Brian Eno “Ambient 2: The Plateaux Of Mirror” / ハロルド・バッド&ブライアン・イーノ『アンビエント2: ザ・プラトウ・オブ・ミラー』


Harold Budd & Brian Eno “Ambient 2: The Plateaux Of Mirror”

ハロルド・バッド&ブライアン・イーノ 『アンビエント2: ザ・プラトウ・オブ・ミラー』
発売: 1980年4月
レーベル: E.G.

 1980年にリリースされた、ブライアン・イーノのアンビエント・シリーズの2作目です。ピアニストのハロルド・バッド(Harold Budd)とのコレボレーション。

 アンビエント1に引き続き、ピアノのシンプルなフレーズを中心に据えた1作。前作と同じく、音の響きが前景化されたような、音楽になる前のイノセントな音素材が鳴らされるような、美しく心落ちつく1作です。

 前作『Ambient 1: Music For Airports』は、タイトルのとおり空港で流れることを想定して作られた作品でした。それぞれが違う場所に向かう、あるいは違う場所から戻ってくる、多くの人が行きかう空港という場所になじむ音楽。

 そのような空港という場所にふさわしく、前作は長い旅路を終えた人を癒し、これから見知らぬ土地へ向かい人々の期待や不安をやわらげる、やさしい音楽でした。

 本作『Ambient 2: The Plateaux Of Mirror』も、前作の延長線上にある、なにごとも押し付けない、優しい音の響きの詰まった作品です。聴き手の世親状態や音楽的バックボーンによって、多種多様なイメージが浮かぶ音楽でもあると思います。

 前作が4曲入りで、特に1曲目から3曲目は共通するモチーフのようなものを持っていたのに対して、本作は10曲入り。タイトルのとおり、アンビエントでミニマルな楽曲群なのは確かですが、曲数が多いというだけでなく、前作よりもバラエティに富んだイメージが浮かびます。

 前述したとおり、ピアノの音が中心に据えられた作品であり、サウンドの種類がそこまで豊富なわけでは決してありません。しかし、そこから伝わる情報は様々で、非常にイマジナティヴな音楽が展開されます。

 透明感のある音が漂う1曲目の「First Light」。ヴェールがかかったような、残響音にまで意味があるような、美しい音が響く1曲です。

 2曲目の「Steal Away」は、1曲目「First Light」よりも、ピアノの音の輪郭のはっきりしており、マッシヴに感じられます。決して、強い音というわけではないのですが、アルバムの流れのなかのコントラストで、そのように響きます。

 3曲目の「The Plateaux Of Mirror」は、エレクトリック・ピアノかシンセサイザーを使用しているようで、柔らかく、エコーが深くかかったような、幻想的なサウンドが空間を満たします。

 5曲目の「An Arc of Doves」は音の動きが多く、いきいきとした躍動感のある1曲。アンビエントなこのアルバムの中で、明確なフォームのある音楽に近い響きを持った曲です。

 あまり、言葉で説明するような作品ではありませんが、無音よりも落ち着く優しいサウンドの詰まった1作。「ヒーリング・ミュージック」というほど、目的が限定されるような作品でもなく、音の響きの美しさを最優先した作品であると思います。

 自己主張は強くないのに、部屋で流すとまるで空間の一部のように馴染みます。僕は部屋にいて、特になにもすることが無いとき、聴きたい音楽が思い浮かばないときには、このアルバムを流しています。

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Brian Eno『Ambient 1: Music For Airports』/ ブライアン・イーノ『ミュージック・フォー・エアポーツ』


ブライアン・イーノ 『アンビエント1: ミュージック・フォー・エアポーツ』
Brian Eno – Ambient 1: Music For Airports

発売: 1978年
レーベル: E.G., Polydor

 ブライアン・イーノが1978年に発表した6枚目のスタジオ・アルバムであり、タイトルに「Ambient 1」とあるように、彼の一連のアンビエント作品の幕開けとなる1作です。

 『Ambient 1: Music For Airports』というタイトルが示すとおり、空港で流れることをイメージして作られたアルバム。4曲が収録されていますが、番号が付されているだけで、それぞれに曲名はありません。

 「空港のための音楽」ということですが、では空港とはどのような場所でしょうか。ごく簡潔に言うなら、多くの人が長距離の移動のために集う場所。そして、空港に集う人々は、これから旅立つ人は期待や不安を持ち、旅路を終えて帰ってきた人は安心感と疲労感を持っていることでしょう。

 そんな人々が行き交う空港という場所にふさわしい音楽とはなにか、と考えながらこのアルバムを聴くと、また聴こえ方が違ってくるのではないかと思います。

 出発を待つ人々の不安を和らげ、帰ってきた人の疲労を癒し、なおかつ飛行機の飛び立つ音や、人々が出す音にも馴染む音楽。『Ambient 1: Music For Airports』は、そのような場になじみながら、優しく響く音楽です。

 1曲目はピアノの音が、空間を埋めるように、ぽつりぽつりと、ゆっくり優しく鳴り響きます。隙間の多いピアノの音を包み込むように、シンセサイザーも音を紡いでいきます。

 2曲目は、ボーカル(というより素材としての声に近い)とシンセサイザーのロングトーンによって、1曲目とは違ったかたちで、空間に浸透していくような音像。

 3曲目は、1曲目と2曲目を同時に鳴らしたようなサウンド。ピアノの音にボーカルが重なってきたときには、クラシックで主題が戻ってきたような、ジャズでテーマに戻ってきたような、安心感と高揚感を覚えました。1曲目のピアノのミニマルなリズムに、2曲目のボーカルの広がりのあるサウンドが溶け合い、つかみやすい音楽を形作っていきます。

 4曲目は、シンセサイザーのみの演奏。暖かみを感じる電子音が幻想的に響き、リラクシングな雰囲気が広がっていきます。

 空港を意識して聴くと違った聴こえ方がするのでは、と先述しましたが、なにも考えずに音だけに耳を傾けていても、十分に楽しめる作品です。ロックやポップスのような明確な形式を持たない音楽ですから、誰にでもオススメできるかというと、そうではありませんが、アンビエントに興味がある方には、自信を持っておすすめするアルバムです。

 個人的には「ヒーリングミュージック」のような、音楽の機能を限定しすぎた呼び方は好きではないのですが、ヒーリングミュージックとして聴くことも可能かと思います。

 音楽のフォームを気にすることなく、音自体に包まれるような、音楽が優しく部屋を満たしていくような感覚を、ぜひ体験してみてください。

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Sigur Rós『Von』/ シガー・ロス 『希望』


シガー・ロス 『Von』(希望)
Sigur Rós – Von

発売: 1997年6月
レーベル: Warp

 アイスランドのポストロックバンド、シガー・ロスの1stアルバム。タイトルの「Von」は、英語では「Hope」、日本語では「希望」を意味するアイスランド語。

 生楽器とエレクトロニクスの有機的な融合、シューゲイザーを思わせる音の壁とも言えるサウンドや、ポストロック的な実験性、エレクトロニカ的なサウンド・プロダクションなどなど、彼らのその後の音楽を構成する要素は、この1stアルバムの時点で出揃っています。

 この1stアルバムを出発点に、音楽性とアンサンブルを磨き続けてきたことが、実感できる作品であるとも言えます。

 1曲目は、バンド名と同じく「Sigur Rós」と題された1曲。10分近くに及ぶ大曲ながら、定型的なリズムやメロディー、展開は持っておらず、アンビエントな音像の曲です。

 音が迫ってきたり、遠ざかったり、鈴のような音が鳴ったり、悲鳴のような声が響いたり、とサウンドには耳を傾けてしまうフックが散りばめられ、いつの間にか音楽に取り込まれてしまう感覚があります。

 2曲目の「Dögun」には、イントロからボーカル…というより人の声が入り、大きな教会で鳴り響くような、神聖で厳かな雰囲気。ドラムなどリズム楽器は使われず、1曲目に続いてこちらもアンビエントでエレクトロニカのようなサウンドになっています。

 再生時間2:30あたりからは、人の話し声や、雨や風の音をフィールド・レコーディングしたような音が入り、それまでとは雰囲気が一変。様々な音素材を、有機的に融合させて音楽に昇華させるシガー・ロスの手法がすでに確立されつつあることが分かります。

 3曲目「Hún Jörð …」は、はっきりとしたビートとメロディーを持ち、ここまでの2曲と比べると、ポップ・ミュージック的な形式を持った1曲。裏声で歌うボーカルは、幻想的な雰囲気。

 しかし、歪んだギターの音色や、途中からエフェクトをかけられたボーカルも加わるなど、実験性も共存しています。タイトルの「Hún Jörð …」は、英訳すると「Mother Earth」とのことで、確かに母なる地球を讃えるような荘厳さのある曲です。

 4曲目「Leit að lífi」は、音数が少なく、ミニマルでアンビエントな1曲。そよ風が吹き抜けるようなサウンド。

 5曲目「Myrkur」は、音楽的なフォームを持った曲で、3曲目「Hún Jörð …」以上にメロディーとリズムがはっきりしています。ボーカルの裏声とメロディー・ラインには神聖な雰囲気も漂いますが、ギターポップのようにも聴こえる1曲。

 7曲目「Hafssól」は12分を超えるサウンドスケープ。明確なフォームは持たないものの、様々な音が押しては引いて、イマジネーションを掻き立てられる1曲。

 9曲目はアルバム・タイトルにもなっている「Von」と題された1曲。リズムとメロディーのある音楽的な曲ですが、サウンド・プロダクションは音響重視で、幻想的な雰囲気。エレクトロニカに近い耳触り。

 11曲目「Syndir Guðs (Opinberun frelsarans)」は、ボーカルとドラムが入っているものの、サウンド自体が前景化したような音響的な1曲。奥の方で鳴っている「ピュー」という感じの音が心地いい。

 タイトルは英訳すると「Sins of God (Revelation of the Savior)」、「神の罪」とのこと。こちらのタイトルを意識しながら聴くと、また違った印象に聴こえてきます。

 アルバムのラスト12曲目の「Rukrym」は、途中まで無音が続くのかと思いきや、再生時間6:20あたりから、突如として音が押し寄せてきます。光が広がっていくような、解放感のある音像。

 一般的なロックやポップスのような、明確なフォームを持った曲は少ないアルバムです。アルバム全体としてはアンビエント色が強い印象ですが、既存の形式に頼るのではなく、あくまで音楽至上主義のスタンスで独自の音楽を追求する、シガー・ロスらしい1作と言えます。

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