目次
・イントロダクション
・語りの構造
・場面設定
・歌詞のテーマ
・夕立のメタファー
・結論・まとめ
イントロダクション
「世界には愛しかない」は、欅坂46の2016年8月10日リリースの2ndシングル。2017年7月19日発売のアルバム『真っ白なものは汚したくなる』にも収録。
また、欅坂46出演のミステリー学園ドラマ『徳山大五郎を誰が殺したか?』の主題歌になっています。作詞は秋元康。
「世界には愛しかない」というハッキリと言い切られたタイトル。まず、このタイトルにツッコミたくなりますよね。世界には愛しかないことはないだろう、他にもいろいろあるだろうと。
こういうちょっとした違和感を利用するのは、秋元康の得意とする手法。メロディーに乗った歌詞を聴いていくと、徐々に答え合わせがなされます。この一種のパズルのような感覚が、リスナーを歌の世界に引き込む効果を持っているのでしょう。
では「世界には愛しかない」という言葉は、なにを意味するのか。歌詞を順番に読み解きながら、解釈していきます。歌詞は必要な部分は適宜引用いたしますが、全文は歌詞カードか各種サイトでご確認ください。
語りの構造
最初に、歌詞全体の構造を確認しましょう。語り手は「僕」。
歌詞を確認すると、カギ括弧で囲われた部分があることに気がつきます。そして、音源を聴いてみると、カギカッコ内のパートが朗読(ポエトリーリーディング)となっているのに対し、カッコ外のパートはメロディーで歌われています。
全体の歌詞を見渡すと「世界には愛しかない」という曲は、朗読されるカッコ内のパートと、メロディーのついたカッコ外のパートが、交互に登場する構造であることが分かります。
では、これら2種類のパートは、歌詞の内容の面では、どのように異なっているのでしょうか。表記の方法が異なるのに対応して、歌詞の内容においても差異が認められるのか。2種類のパートが、使い分けられている意味を意識しながら、歌詞を読み解いてみましょう。
カギカッコで囲われた、冒頭部分の歌詞を引用します。
「歩道橋を駆け上がると、夏の青い空がすぐそこにあった。
絶対届かないって分かっているはずなのに、僕はつま先で立って
思いっきり手を伸ばした。」
上記の引用部は、具体的な状況描写がなされています。歩道橋を駆け上がり、青い空に手を伸ばす様子。その一連の動きを、語り手である「僕」が、いきいきと描き出します。おそらく、これは「僕」が見たままのことを、そのまま表出しているということでしょう。
そして、上記の朗読に続いて、カッコのつかない通常のメロディー部分が続きます。上記に続く部分を引用します。
ただじっと眺め続けるなんてできやしない
この胸に溢れる君への想いがもどかしい
前述のとおり、こちらの引用部にはカッコが付いておらず、朗読ではなくメロディーがあてられています。先の引用部と比較して気がつくのは、語尾と時制の違い。
カッコ内では、「僕」の発言をそのまま写したかのような言葉が、過去形で記述されていました。しかし、カッコ外となったこちらの引用部では、現在形で「僕」の心情と思われるものが記述されています。
以上の違いから、カッコ内は実際の発言、カッコ外は心に思ったこと、と仮定しましょう。この仮定に基づくと、カッコ内にだけ句読点が用いられているのは、実際の発言であるという臨場感を演出するため、と解釈できます。
また、冒頭の朗読部分では「歩道橋」「青い空」という具体的な場所を示す言葉と、「つま先で立って」「手を伸ばした」という具体的な行為をあらわす言い回しが、散りばめられていました。これらの表現も、カッコ内の写実性を高めるため、と考えれば整合性がとれます。
ここで再び歌詞全体を見渡すと、この曲の語り手は「僕」。この「僕」が唯一の登場人物で、写実的な発言のパートと、感情を記述したパートの2種類から、歌詞が構成されていることが分かります。「僕」の語りの中に「君」も出てきますが、具体的に「君」がどういう人であるのかは、語られません。
場面設定
語りの構造が明らかになったところで、次にどのような場面を歌っているのか、確認してみましょう。
先ほど引用した冒頭部分から、「僕」が歩道橋を駆け上がり、空に向かって手を伸ばしていることが分かりました。歌詞の続きを、以下に引用します。
「真っ白な入道雲がもくもくと近づいて、
どこかで蝉たちが一斉に鳴いた。
太陽が一瞬、怯(ひる)んだ気がした。」
上記の引用部に出てくる「蝉たち」という言葉から、季節が夏であることが分かります。ここまでの歌詞から、季節は夏で、場所は歩道橋の上、今のところは晴れているが入道雲が近づいている、という場面だということが確認できました。
歌詞のテーマ
では、ここからが本題。曲のタイトルにもなり、サビの歌詞としても歌われる「世界には愛しかない」という言い回しが、なにを意味するのか考えていきます。以下にサビの歌詞を引用します。
下記の引用部で、カッコに入っている部分の歌詞は、メインのメロディーに対して、合いの手のように歌われています。
世界には愛しかない
(信じるのはそれだけだ)
今すぐ僕は君を探しに行こう
誰に反対されても
(心の向きは変えられない)
それが (それが) 僕の (僕の) アイデンティティー
上記の引用部から、歌詞のテーマと思われるものが、浮き彫りになってきました。まず、1行目で「世界には愛しかない」と宣言し、それが具体的にどういう意味なのかを、そのあとで説明しています。
引用部3行目に出てくる「君」について、「僕」との関係性は触れられていませんが、ここでは恋愛感情を持つ相手だと、仮定しておきましょう。
まとめると、「僕」が「君」を探しに行こうとする感情を、曲げずに貫き通すこと。それを「僕のアイデンティティー」とまで言い切り、「君」を思う感情のことを「愛」だと言っているようです。
誰に反対されても、君を思うことはやめない。その強い感情が「世界には愛しかない」という言葉で、表わされています。
さらに、サビに入る前の歌詞に戻ると、以下の一節があります。
「複雑に見えるこの世界は
単純な感情で動いている。」
上記の引用部で言う「単純な感情」とは、サビに出てくる「愛」のこと。すなわち、他者を思う強い気持ちのことでしょう。曲のテーマが、だいぶ鮮明になってきました。
この曲は他者を思う気持ちを歌っている、その気持ち以上に人のモチベーションとなるものは無い、ということを「世界には愛しかない」と表現しているのでしょう。
夕立のメタファー
さて、曲のテーマが明らかになったところで、場面設定の話に戻りましょう。先ほど確認したとおり、この曲の場面設定は、「僕」が歩道橋を駆け上がり、空を見ているところ。では、なぜこのような場面設定がなされたのか、検討していきます。
歌詞を順番に追っていくと、最初は青い空だったのが、入道雲が近づき、やがて夕立がやってきます。そして、2番の歌詞では、「僕」が次のように語ります。
「夕立も予測できない未来も嫌いじゃない。」
傘がなくたって走りたい日もある
2番の歌詞では冒頭部分で「突然、雨が降って来た」と記述され、夕立がやってきたところから場面が始まります。その後に続く歌詞から、上記2箇所を部分的に引用しました。
1番の時点で入道雲が近づき、2番の歌詞に入ったところで、ついに雨が降り始めました。では、この夕立は、なにを意味しているのか。言い換えれば、なんのメタファーとなっているのでしょうか。
先ほど引用した、1番のサビに「誰に反対されても 心の向きは変えられない」という歌詞があります。おそらく夕立は、他者からの反対意見や、様々な困難をあらわしているのでしょう。
そして、1番のサビで「心の向きは変えられない」と言い切っているのに対応して、上記2箇所の引用部では、たとえ困難があっても「君」を思う気持ちを優先する、という「僕」の強い気持ちを記述しています。
「僕」の強い気持ちを際立たせるため、また臨場感を伴った表現とするために、夕立のなかを走り抜けることを、「君」を思い続けることの比喩として用いた、というのが僕の考えです。
結論・まとめ
「世界には愛しかない」という言い回しが、なにを意味するのか、というのが最初の問いでした。「世界には愛しかない」という言葉は、他者を思い続ける感情以上に人を突き動かすものは無い、という意味で使われているというのが、ここまで考察してきた結論です。
この曲においては、思いを寄せる他者として「君」が用いられています。しかし、先述したとおり「君」の具体的な情報は、与えられません。恋愛感情にフォーカスして、「君」のことを詳細に語るのではなく、人を突き動かす根源的な感情にフォーカスしているのが、この曲の特異なところと言えるでしょう。
その感情の動きをいきいきと表現するために、歩道橋を駆け上がり、夕立が降り出すまでを、写実的に記述。さらに、語りの質を次々と切り替え、疾走感を生んでいます。
少し演奏面にも触れておくと、メロウなピアノのイントロから始まり、続いてアコースティック・ギターの小気味良いカッティングと、流れるようなピアノの音。バックのトラックも歌詞と対応して、コントラストと疾走感を伴っていますよね。
この曲のラストは、次の言葉で結ばれます。思春期の感情を、疾走感の溢れる言葉とメロディーで切り取った、本当に清々しい1曲です。
自分の気持ちに正直になるって清々しい。
僕は信じてる。世界には愛しかないんだ。
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