目次
・イントロダクション
・カブトムシの特徴
・カブトムシを利用した描写
・「あたし」と「あなた」の関係性
・なぜ「かぶとむし」を用いたか?
・結論・まとめ
イントロダクション
「カブトムシ」は、大阪府吹田市出身のシンガーソングライター、aikoのメジャー4作目のシングル。1999年11月17日リリース。作詞作曲はaiko。
2018年のNHK紅白歌合戦でも、19年前にリリースされたこの曲が歌われましたし、aikoの代表曲と言って、さしつかえないかと思います。
多くの人に認知され、すでに「名曲」の評価をうけているとも言えるでしょう。
こういう名曲って、すでに評価が決まっているがために、どこが優れているのか、見過ごしてしまいがち。この「カブトムシ」も、巧みな歌詞をもった、名曲に値する楽曲です。
具体的には「カブトムシ」というワードを選ぶことによって、歌詞がはるかに立体的で、イマジネーションをかきたてるものになっているんですよね。この曲は、とにかく「カブトムシ」という言葉がキー。
というわけで、このページではaikoさんの「カブトムシ」の歌詞を、「カブトムシ」というワードが持つ、意味の広がりに注目して、考察してみます。
カブトムシの特徴
内容としては、女性目線から男性のことを歌った曲。一般的にはラブソングにカテゴライズしても、さしつかえないでしょう。
それなのにタイトルが「カブトムシ」というのは、ちょっと違和感があります。なぜなら「カブトムシ」という言葉を聞いて、恋愛を思いうかべる人は、まずいないからです。
歌詞のなかにも「かぶとむし」というワードが出てくるのですが、なぜわざわざこの言葉を使ったのか。
ちなみに曲名は、カタカナで「カブトムシ」、それに対して歌詞中では、ひらがなで「かぶとむし」と表記されています。まずは「かぶとむし」という言葉が持つ意味を、検討してみます。
「検討」と言うほど、たいした事でもないのですが、基本的にカブトムシは1年で死んでしまう虫。そして、成虫は夏に羽化して、活動するということ。
この2点をおさえておくと、歌詞の意味がより立体的に、うかび上がってくるのではないかと思います。
また「カブトムシ」と言えば、ほとんどの人が幼虫ではなく、立派なカブトをもった成虫を想像するでしょう。
この曲においても、「かぶとむし」という言葉は、一夏に生きる成虫を意図していると考えられます。
カブトムシを利用した描写
では、上記で確認した「かぶとむし」の意味が、歌詞のなかでどのような効果を生んでいるのか。順番に確認してみましょう。
歌詞に出てくるのは「あたし」と「あなた」。語り手の「あたし」の視点から、「あなた」のことが語られていきます。
1番Aメロの歌詞を、以下に引用します。
悩んでる身体が熱くて 指先は凍える程冷たい
「どうした はやく言ってしまえ」 そう言われてもあたしは弱い
あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ そう 今が何より大切で…
1行目に「指先は凍える程冷たい」と出てくることから、季節は冬だと想定できます。つまり、カブトムシにとっては、季節ハズレの季節だということ。
上記の引用部には「かぶとむし」というワードは出てきませんが、のちの歌詞で「あたし」は自分自身をカブトムシに重ねています。
では、カブトムシに自分を重ねることで、どういう意味を帯びているのか。先述したとおり、季節は冬。夏に暮らすカブトムシにとっては、ひじょうに厳しい季節です。
ということは「あたし」は、季節ハズレのカブトムシのごとく、弱った状態であると想定できます。
引用部1行目に「悩んでる身体が熱くて」とあるとおり、「あたし」は悩みを抱えていることが、明らかにされています。
そして、その内容は「あなた」に思いを伝えられないこと。引用部2行目から、そのように読みとれます。
「どうした はやく言ってしまえ」は、友人などにかけられた言葉、あるいは自分の心の声なのでしょう。
3行目に「あなたが死んでしまって」とありますが、実際に死んでしまったわけではなく、はるか未来を想像しているのだと考えられます。
なぜなら、4行目に「想像つかないくらいよ そう 今が何より大切で」とつづくため。「あたし」は、おそらく未来のことを想像することで、自分の背中を押そうとしているのに、今のことしか考えられないのでしょう。
「あたし」と「あなた」の関係性
「あたし」は、「あなた」になにかを伝えたい。そして、季節ハズレのカブトムシのように、弱った状態である。ということが、Aメロの歌詞から明らかになりました。
では、2人はどんな関係で、「あたし」は何を伝えたいのか、整理してみましょう。
まず「あたし」は、「あなた」に伝えたいことがある。それはなにか。
おそらくは2人は友達だけど恋人同士になりたい、あるいは恋人同士だけど結婚したいなど、現状の関係を進展させたいのだと考えられます。
そのため、このまま関係性が変わらず、時間が進んでしまうことを想像し、気持ちを伝えるための勇気を出そうとしているのでしょう。
でも、いまの関係性がこわれることを恐れている。そんな気持ちが「そう 今が何より大切で」という言葉に、あらわれているのではないかと思います。
サビに入ると「かぶとむし」という言葉が出てきて、2人の関係性がより詳細に語られます。1番サビの歌詞を、以下に引用します。
少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし
流れ星ながれる 苦しうれし胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう
2行目で、「あたしはかぶとむし」と出てきました。「あたし」が「かぶとむし」だとすると、「あなた」は「甘い匂い」。
この例えから、2人の関係性を想像することができます。
「甘い匂い」を追いかける「かぶとむし」。つまり「あたし」が、「あなた」を追いかける関係にあるということです。
「あたし」は「あなた」に片想いをしている、あるいは恋人関係にあるとしても、「あたし」の思いの方が、上回っているのでしょう。
なぜ「かぶとむし」を用いたか?
さて、2人の関係性が確認できたところで、「かぶとむし」がするもの、という視点にたちかえります。
すなわち、なぜ「かぶとむし」という言葉を用いたのか。「かぶとむし」のイメージを用いることで、どんな効果を生んでいるか。
2番Aメロの歌詞を、以下に引用します。
鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏
袖を風が過ぎるは秋中 そう 気が付けば真横を通る冬
強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう
こちらの引用部には、春夏秋冬それぞれの季節が出てきて、2人が1年をとおして、一緒に過ごしたことが明かされます。
さきほど確認してとおり、カブトムシは1年しか生きられない昆虫。1年をふり返ることで、カブトムシのように1年で終わってしまう恋になるかもしれない、ということを表しているのかもしれません。
つづいて、2番サビの歌詞を、以下に引用します。
少し癖のあるあなたの声 耳を傾け
深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし
琥珀の弓張り月 息切れすら覚える鼓動
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう
1番のサビと同じく、「あなた」に引き寄せられる「あたし」が、かぶとむしに例えられています。
内容的にも1番のサビと同じく、「あたし」の思いの強さがあらわれていると言えるでしょう。
「あなた」と一緒に月を見ることで「息切れすら覚える鼓動」になってしまう。そんな気持ちは「生涯忘れることはないでしょう」と綴られています。
また「琥珀の弓張り月」とあるとおり、時間設定は夜。ここでも、夜行性のカブトムシのイメージと、実際の状況が繋がっています。
結論・まとめ
ここまで「かぶとむし」という言葉が生みだす効果に注目しながら、歌詞を考察してきました。
カブトムシは、1年しか生きられない、夏に成虫となる昆虫。1番Aメロで、歌詞の季節設定が、冬であることが分かりました。
まず、自分を季節ハズレのカブトムシに例えることで、追いつめられた状況、弱った心情をあらわしています。
さらに自分を「かぶとむし」、「あなた」を「甘い匂い」に例えることで、2人の関係性を描写。ほとんど説明することなく、「あたし」が「あなた」を追いかける関係であることが分かります。
そして、2番Aメロに出てくる春夏秋冬。基本的には、1年しか生きられないカブトムシ。恋の刹那性をあらわしているとも、解釈できます。
「カブトムシ」という、ちょっと変わったタイトルを持ったこの曲。でも、奇をてらっているわけではなく、カブトムシのイメージを利用することで、イマジネーションをかき立てる歌詞になっていますよね。
少なくとも僕は、この曲をじっくり聴いてみて「やっぱりaikoってすごい!」と思いました。
人によって、さまざまなリアリティーを持って響くのも、この曲の良いところ。
ぜひオープンな気持ちで、イマジネーションを全開にして、聴いてみてください。
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