Boards Of Canada『Geogaddi』/ ボーズ・オブ・カナダ 『ジオガディ』


ボーズ・オブ・カナダ 『ジオガディ』
Boards Of Canada – Geogaddi

アルバムレビュー
発売: 2002年2月13日
レーベル: Warp

 『Geogaddi』は、スコットランドのエディンバラ出身のユニット、ボーズ・オブ・カナダの2002年発売のアルバム。ワープ・レコーズ(Warp Records)と契約後、2枚目のアルバムになる。

 エレクトロニカというジャンルを代表するグループ、ボーズ・オブ・カナダ。彼らの音楽の特徴は、美しいメロディー、体が自然と動いてしまうリズム、耳に心地よいサウンド、といった音楽から得られる享楽を構成する要素が解体され、再構築されているところ。

 もう少し詳しく説明すると、一般的なポップ・ミュージックが持つ定型的なリズムや、和声とメロディーによる進行感は希薄なものの、あらゆる面において、音楽の気持ちのよいポイントが含まれているということです。そのため、Aメロが終わったらサビが来るな、というような聴き方は通用せず、常に一寸先は闇のような緊張感とワクワク感があります。

 1曲目「Ready Lets Go」から、メロディーでもリズムでもなく、サウンド自体が前景化されたような心地よい電子音が、耳に浸透してきます。「Ready Lets Go」というタイトルが示すとおり、アルバムの世界観への入口となる1曲。

 1分ほどしかないイントロダクション的な1曲目に続いて、2曲目「Music Is Math」ではサウンドもメロディー(らしきもの)もよりはっきりした形をあらわします。ドラムの音も無機質で電子的な響きを持っているのに、不思議と冷たい感触はなく、サウンドの一部に溶け込んでいます。こちらのタイトルは「音楽は数学」となっておりますが、数学的な法則に基づいた音楽という印象は、少なくとも僕は持ちませんでした。むしろ、暖かみのあるサウンドが、自由に広がっていくようなイメージの1曲。

 4曲目「Gyroscope」は、叩きつけるようなドラムのビートが、リズム的にもサウンドの耳ざわりも気持ちよく、ダンス・ミュージックのように機能する要素があります。もちろん、四つ打ちのビートのようにわかりやすいものでもなく、一種の違和感のようなものもしっかりと感じられ、それが音楽のフックになっています。

 5曲目は「Dandelion」。「dandelion」とはタンポポを意味する英語。歌詞がない音楽ではありますが、タイトルとサウンドのイメージを結びつけて聴いてみると、あらたなイメージが広がることがあります。個人的には、この曲のサウンドは淡い赤のような暖色系のイメージだったので、黄色いタンポポを思い浮かべながら聴くことで、音の印象も変わりました。もちろん、言葉のイメージに引っ張られすぎるのも、不適切ではありますが。

 6曲目「Sunshine Recorder」は、不穏な空気感を持ったイントロから、その後に入ってくるぶっきらぼうなドラム、どこか不協和なメロディーとベースのような音が、シリアスで不安な雰囲気を醸し出します。しかし、7曲目の「In the Annexe」は、前曲とは打って変わって、水が滲んでいくようなサウンドを持ったキーボードのメロディーが、優しく心地よい1曲。

 10曲目「1969」は、比較的はっきりしたビートの上に、エフェクトのかかったボイスや、ソフトなサウンドの電子音が乗っかる、ロック色を感じる1曲。「1969」という記号的なタイトルも、ヒッピー文化や政治の季節をイメージしているのか、そうした文化的背景も含めた当時のロック・ミュージックを意識しているのか、なかなか示唆的です。

 19曲目の「Dawn Chorus」は、音が空間に広がっていくようなサウンド・プロダクション。空間と時間をサウンドが満たしていく感覚が、シューゲイザーのようでもあります。直訳すれば「夜明けの合唱」というタイトルも、サウンドとマッチしていて素敵。音楽家・シンセサイザー奏者の冨田勲さんの作品に『ドーン・コーラス』というものがありますが、繋がりがあるのかどうかは分かりません。

 20曲目「Diving Station」では、スペーシーな音空間のなかを、ピアノの音が軽やかに響きます。シンプルなピアノの音色が選択されていることに、少し安心するのと同時に、ここまでアルバムの世界観にひたってきたせいか、若干の異物感を感じるのも面白いところ。いずれにしても、宇宙を漂うような電子音とピアノの音色の相性が良く、ピアノが綴るメロディーも親しみやすいもので、非常に美しい1曲です。

 『Geogaddi』のような作品を言語化するのは非常に難しい、というよりそもそも言語化する意味があるのか、とも思えますが、イマジナティヴな美しい音楽が鳴っていることは事実です。前述したように、はっきりしたメロディーや構成が無いということで、難解な音楽かのような印象を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、逆に言えばリスナーそれぞれが、楽しみ方を探求できる作品だということ。ぜひ、先入観を持たずに自由な気持ちと耳を持って、聴いてみてください。