ボーズ・オブ・カナダ 『トゥモローズ・ハーヴェスト』
Boards Of Canada – Tomorrow’s Harvest
アルバムレビュー
発売: 2013年6月5日
レーベル: Warp
『Tomorrow’s Harvest』は、スコットランドのエディンバラ出身のユニット、ボーズ・オブ・カナダの2013年発売のアルバム。ワープ・レコーズ(Warp Records)からリリースされる彼らのアルバムは、本作で4枚目。
エレクトロニカの代表的なグループと目されるボーズ・オブ・カナダ。単純化が過ぎることを承知で言えば、ダンスを目的とした電子音楽がテクノだとすると、ダンスを目的としない電子音楽がエレクトロニカである、ということになるでしょう。
使用する機材やサウンド・プロダクションは、テクノに近い部分もあるものの、ボーズ・オブ・カナダが『Tomorrow’s Harvest』までの3作で作り上げてきた音楽は、いずれも音楽の快楽が断片的に散りばめられた、全く新しいポップ・ミュージックでした。
もう少し具体的に言うと、歌のメロディー・ラインを追う、定型的なリズムに乗って体を揺らす、といった音楽から得られる楽しみが一度解体され、断片となった美しいメロディーやかっこいいドラムのパターンが、再構築された音楽。
だから、ロックやポップスを楽しむ感覚で彼らの音楽に触れると、最初は戸惑いを覚えるものの、徐々に彼らの音楽のなかにもポップな要素が含まれていることに気づき、いつのまにか音楽に没頭することになります。また、音楽を解体することによりサウンドが前景化され、音そのものを楽しむ音楽でもあります。
『Tomorrow’s Harvest』までの3作で、多種多様な音楽のパーツを用いて、独自のサウンドスケープを作り上げたボーズ・オブ・カナダ。それでは、本作ではどのような音楽が鳴らされているのか、数曲を例に挙げながらご紹介したいと思います。
1曲目は「Gemini」。ファンファーレのような電子音に続いて、清廉なストリングスの音が、開放的に広がっていきます。このままミニマル・ミュージックのように時間が流れるのかと思いきや、途中からストリングスの音を上書きするように電子音が折り重なっていきます。そこから、徐々にメロディーやリズムのようなものが生まれてきて、音楽が躍動し始めるような展開。リスナーの注意をサウンドに向けさせたうえで、音楽の情報量を増やす、あるいは質を変える手法は、実にボーズ・オブ・カナダらしいと言えます。
3曲目「White Cyclosa」は、バックに流れるドローンのような電子音に、音色の異なる複数の電子音が乗っていく1曲。前作『The Campfire Headphase』で聴かれたギターなどの生楽器感のあるサウンドとは、全く異なるサウンド・プロダクションになっています。前作はアコースティック・ギターの音色を用いたこともあり、カントリーなどルーツ・ミュージックを感じさせる要素がありましたが、本作では電子音らしい電子音をメインに使い、透明感のあるサウンドを作り上げています。
6曲目「Cold Earth」は、電子音の美しさと、跳ねるようなリズムが耳に残る、壮大でイマジナティヴな曲。8曲目の「Sick Times」は、タイトルからダウナーな雰囲気を想像しましたが、リズムとメロディーが絡み合うような躍動感に溢れています。
ラスト17曲目の「Semena Mertvykh」は、不穏な空気が漂うドローン音の上を、やはりダークで不協和な電子音が漂う1曲。前作も最後はチルアウト的な曲でしめられていましたが、『Tomorrow’s Harvest』も同様の流れ。考えてみれば、1曲目にイントロダクション的な曲を配置し、最後にアウトロを意識した曲を配置するのは、ボーズ・オブ・カナダのような個性を持った音楽には、好ましい展開と言えます。
電子音らしい電子音を駆使して、ときには美しい、ときには不穏な空気を演出し、様々な風景を喚起させる1枚です。サウンド的には、ここまでの4枚のアルバムの中で最も電子音らしい、エレクトロニカ然としたサウンドを持ったアルバムだと思います。