Sigur Rós『Með suð í eyrum við spilum endalaust』/ シガー・ロス 『残響』


シガー・ロス 『残響』
Sigur Rós – Með suð í eyrum við spilum endalaust

アルバムレビュー
発売: 2008年6月20日
レーベル: EMI, XL Recordings, Krúnk

 『Með suð í eyrum við spilum endalaust』(邦題『残響』)は、アイスランドのバンド、シガー・ロスの2008年発売の5枚目のスタジオ・アルバム。彼ら自身のレーベルKrúnkの他、イギリス及びヨーロッパではEMI、アメリカではXL Recordingsなど、複数のレーベルから世界各国でリリースされた。

 11曲目の「All Alright」のみ英語で歌われているが、それ以外の曲は全てアイスランド語。当初は全編、英語で作詞されていたが、最終的にアイスランド語の方が自然だということで、英語からアイスランド語へ翻訳あるいは新たに作詞されるかたちで変更されたとのこと。

 まるで、大自然をそのまま音楽にしたかのような、美しく躍動感と生命力に溢れたサウンドが、怒涛のように押し寄せるアルバムです。シガー・ロスの音楽性は、しばしばポストロックと評されることがありますが、確かに一般的なロックの方法論とは、一線を画した音楽が鳴っているのは事実。

 しかし、実験のための実験に陥っているのではなく、まず表現したい対象となるイメージやアイデアがあり、その目的の達成のために彼らが持てるクリエイティヴィティを駆使して、新たな音楽を創造していることが、このアルバムを聴けば分かるはずです。

 前述したように、このアルバムには大自然を音楽に変換したような雄大さがあります。壮大な山々を目の前にしたときの荘厳さであったり、大地が鳴り響くような躍動感であったり、草原を野生動物が走り回る生命力であったり、時には自然の厳しさや圧倒的な大きさに怖くなったり、様々な風景が喚起されるイマジナティヴな音楽が詰まった1枚です。

 音楽性には実験的な部分もあるのですが、あくまで音楽の楽しさ、美しさを増幅するための試行錯誤の結果であり、実際に聴いてみると難解な印象はほとんどありません。そういう意味では、非常にポップな音楽であると言えます。

 1曲目の「Gobbledigook」から、躍動感と生命力に満ちた音があふれ出します。アコースティック・ギターと美しいコーラス・ワーク、そして大地を揺るがすようなダイナミックなドラム。地鳴りのような躍動感と、大自然のなかを飛び跳ねる動物たちの喜びを表したかのような、サウンド・プロダクション。

 ギターとコーラスは、音は生々しいのにサンプリングしたものを組み立て直したような不思議な質感なのですが、そんなことよりも音楽の楽しさに耳が向かう1曲です。このアルバムのジャケットは、人々が裸で駆け出していくデザインですが、そんなジャケットのイメージにもぴったり。

 2曲目「Inní Mér Syngur Vitleysingur」は、叩きつけるような四つ打ちのビートが特徴ですが、ダンス・ミュージック的ではなく、火山や大地が躍動するような壮大さをあります。3曲目「Góðan Daginn」は、指が弦をこする音まで入ったアコースティック・ギターのサウンドが美しい1曲。4曲目「Við Spilum Endalaust」では、アコーディオンのような暖かい倍音が響きます。

 5曲目は「Festival」。この曲と11曲目の「All Alright」のみ、タイトルが英語です。イントロはエレクトロニカのような音像で静かに始まるものの、再生時間4:40あたりからドラムが入ってくると徐々に加速していき、最終的には様々なリズムが打ち鳴らされ、躍動感あふれるクライマックスへ。

 6曲目「Suð Í Eyrum」。透明感あるピアノがシンプルに音を紡ぐイントロは、朝靄のなかを散歩しているよう。その後に入ってくるドラムは、エフェクトがかかり不思議なサウンドを持っていますが、違和感にはならず、曲に奥行きを与えています。

 9分近くに及ぶ7曲目「Ára Bátur」は、ピアノとファルセットを多用したボーカルが美しい1曲。後半はストリングスやコーラスなどが加わり、雄大な自然が目の前に広がるようなサウンドスケープ。

 8曲目「Illgresi」は、2本のアコースティック・ギターが絡み合う、美しいアンサンブルが印象的。9曲目「Fljótavík」は、ピアノとストリングスの音が、ゆっくりと時間と空間に浸透していくよう。

 10曲目「Straumnes」は、ボーカルは入っておらず、川のせせらぎのような音がサンプリングされ、矛盾するようですが自然の静かさを表現したような曲。

 ラストの11曲目「All Alright」は、前述したようにアルバム中唯一の英語詞。イントロから音数の絞り込まれたアンサンブルのなかを、感情を抑えたボーカルの声が漂う曲。徐々に楽器と持続音が増えていき、音楽が空間に優しく広がっていくような感覚があります。

 一般的なロックやポップスとは違ったリズムやサウンドを持っているものの、音楽自体の強度が高く、非常にとっつきやすい楽しい作品だと思います。ぜひ、大自然の雄大な風景を楽しむような自由な気持ちで、聴いてみてください。