シガー・ロス 『タック』
Sigur Rós – Takk…
アルバムレビュー
発売: 2005年9月21日
レーベル: Geffen, EMI
『Takk…』は、アイスランド出身のポストロック・バンド、シガー・ロスの2005年発売の4thアルバム。タイトルの「Takk」は、アイスランド語で「ありがとう」を意味する。
シガー・ロスの音楽性を端的に言語化するのは非常に困難ですが、あえていくつかの魅力を挙げるなら、大地が揺れるような圧倒的な躍動感、風景が眼前に立ち現れるような壮大なサウンド・プロダクション、そして生楽器とエレクトロニクスの有機的な融合、といったところでしょうか。もちろん、時期や曲による差違もあるので、そこまで単純化できるものではありません。
彼らの4枚目のアルバムにあたる『Takk…』は、躍動感という点では控えめに、生楽器と電子音がほとんど聴き手の意識にもあがらないぐらいに自然なかたちで溶け合った、非常に美しいサウンドを持った作品。冬から春になり、植物や動物たちがゆっくりと躍動し始めるような、生命力を感じられる1作です。
1曲目はアルバムのタイトルになっている「Takk…」で、2分弱のイントロダクション的な1曲。持続音が多層的に重なっていきます。電子音を使っているのでしょうが、荘厳な雰囲気。電子音の奥からは、かすかに人の声も聞こえてきて、全体としては暖かみのあるサウンド・プロダクションに仕上がっています。
2曲目「Glósóli」は、1曲目の持続音に耳が馴染んでいたところに、イントロからベースの音がボーンと鳴ります。電子音が続いた1曲目との対比で、このベースの音が非常に生々しく、ソリッドに感じられます。ベースが音楽を支えるなか、ヴェールのように音楽を包む幻想的なボーカルと電子音。
途中から入ってくるドラムも四つ打ちながら、ダンスミュージックの要素は感じず、行進曲のような雰囲気。厳しい冬を越えて、春を迎えた動植物の鼓動のように響きます。再生時間4:30過ぎからは、激しく歪んだギターが波のように押し寄せるのですが、不思議と耳にうるさくなく、全体としては暖かみのあるサウンド。このあたりもシガー・ロスのマジックと言うべきなのか、聴き手の耳をチューニングしていくような音作りと展開が、秀逸だと思います。
3曲目の「Hoppípolla」は、ピアノの単音弾きから始まり、徐々に楽器が増えていき、音楽が呼吸をしながら広がっていくような展開。こちらも、自然が躍動するような生命力に溢れた1曲。
5曲目「Sé lest」は、美しいコーラス・ワークとストリングス、そこにピアノや鼓動のようなバスドラ(打ち込み音源かもしれません)がリズムを足し、壮大さを演出しています。鳴っている音の数は少ないのですが、途中ところどころストリングスが厚みを増すところがあり、音の壁が立ちはだかるような感覚があります。
6曲目「Sæglópur」は、ピアノとボーカルの裏声、鉄琴のようなトライアングルのような音が絡み合い、美しいアンサンブルを構成する1曲。再生時間1:52あたりから、堰を切ったようにギターとシンセサイザーと思しき音が押し寄せ、自然の大きさと厳しさが音になったかのような壮大なアレンジメント。
7曲目の「Mílanó」。ヴェールのように全体を包むストリングスに守られ、ボーカルとピアノの高音が美しく響きます。バンドは躍動感のある演奏を繰り広げていますが前景化せず、サウンドの美しさが全面に広がる1曲。
11曲目「Heysátan」は、リズムやメロディーよりも、サウンドと全体のハーモニーを優先した、このアルバムを象徴するような1曲。演奏にはロングトーンが多用され、様々な倍音が聴こえるサウンド。その音をバックに、というよりも溶け込むようにファルセットを用いながら、メロディーを紡いでいくボーカル。アウトロにふさわしい心休まる曲です。
メロディーも美しく、バンドのグルーヴ感という点でも優れた演奏がなされているのですが、それ以上にサウンド自体が美しいアルバムです。
音響の美しさを追求した3rdアルバム『( )』、圧倒的な躍動感が響く5アルバム『Með suð í eyrum við spilum endalaust』、その両作に挟まれた今作『Takk…』は、音楽的にも両者の中間点にあり、バランスの良い名盤であると思います。