エレファントカシマシ「おはよう こんにちは」は挨拶の言葉を異化している


 「おはよう こんにちは」は、1988年11月2日に発売されたエレファントカシマシ3枚目のシングル。作詞作曲は宮本浩次。

 同年11月21日発売の2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』にも収録されています。

 エレファントカシマシには好きな曲がいっぱいあるんですけど、この曲も大好きな1曲です。「おはよう こんにちは」という日常的な挨拶の言葉がタイトルになったこの曲。この曲の好きなところを一言であらわすなら、とにかくエモーショナルなところ。

 歌詞もタイトルと同じく「おはよう こんにちは」という歌う出しで始まるのですが、そのときの宮本さんの歌唱が、日常的なフレーズとは裏腹に、あり得ないほどエモーショナルなのです。聴いていて、ちょっと怖くなるほど。こんなに激しくエモーションをこめた「おはよう」も「こんにちは」も、この曲以外では聞いたことがありません。

 バンドのアレンジもテンポは抑え目ながら、タメをしっかり作ったグルーヴ感のあるロックで、非常にかっこいい1曲です。「おはよう こんにちは」というタイトルなら、弾き語りのメローな曲を想像する人の方が多いのではないかと思いますが、この曲はラウドでロックな曲なんです。

 歌詞がメロディーに乗って歌われることにより、言葉が持つ意味以上のものが伝わる、伝わってくるように思える、というところがポップ・ミュージックの魅力のひとつだと思いますが、この曲はまさに言葉以上のメッセージとエモーションが伝わってきます。では、これから歌詞の意味とボーカルの歌唱の2点を中心に、この曲の好きな部分をご紹介したいと思います。

ボーカリゼーションの特徴

 かっこつけて「ボーカリゼーション」と書きましたが、「ボーカルの歌い方」程度の意味だとご理解ください。前述したように、この曲はバンドの演奏とサウンドも、ミドル・テンポのロックです。音量もラウドで、イントロからロックバンドかくあるべし!という演奏が展開されます。

 イントロから、ギターとドラムはタメを作って、ゆったりと演奏しています。元々のテンポが遅めなのに加えて、さらに音が遅れて出てくるような、糸を引くようなへヴィーなアンサンブルです。ベースは、ギターとドラムのタメを補強するように、リズムをキープしていきます。

 イントロに続いて、ボーカルが入ってくるわけですが、バンドの演奏から遅れてズレそうなぐらいに、大きくタメを作って、歌っていくんです。「言葉じり合わせ」という部分は、バンドの演奏と交錯するような、時間差で波が打ち寄せるような感覚に陥ります。こういったタイム感は、宮本さんの特徴であり魅力であると思うのですが、この曲ではそのようなタイム感が全面に出てきています。

 絶妙なタイム感と共に、声自体もエモーションを絞り出すような、圧倒的な存在感を持っています。タイム感と唯一無二の声。このふたつが合わさり、「おはよう こんにちは」というなにげない言葉が、とてつもない説得力を持って響きます。この時点では「おはよう こんにちは」と言っているだけで、表層的には特に意味があることを言っているわけではないのに、です。

歌詞の内容

 では、次に歌詞の内容を検討してみましょう。まず、歌い出し部分の歌詞を、下記に引用します。

おはよう こんにちは さようなら
言葉じり合わせ 日がくれた

 先ほども触れたとおり、1行目はタイトルと同じく挨拶の言葉が並びます。しかし、2行目の歌詞の内容によって、それらの挨拶の言葉も全く違って聞こえてくるのではないかと思います。

 2行目の「言葉じり合わせ」というのは、人に合わせて当たり障りのない言葉を使う、というような意味でしょうか。

 そして、それに続く「日がくれた」という言葉は、気を使って当たり障りのない言葉を言っているうちに、1日が終わってしまった、ということを歌っているのではないかと思います。

 ここで重要なのは、2行目の歌詞によって、挨拶の言葉を並べた1行目の歌詞が、全く違った意味を帯びて響くということです。

 日常的な「おはよう」や「こんにちは」といった言葉が異化され、非日常的なまでの感情をともなった言葉のように響く、と言ってもいいでしょう。

 「おはよう」や「こんにちは」という言葉は、ある面では形骸化していて、ほとんど具体的な意味を持っていません。この曲は、そのような形骸化した言葉を日々使わなければいけないことへの、苛立ちのようにも響きます。

 同時に、もっと生き生きとした言葉を使いたい、との情熱も内包いるのではないかとも思います。

 さらに歌詞は以下のように進行します。歌い出しの2行に続く歌詞を引用します。

頭かかえて そこらの芝生に寝ころんで
空 見上げて 何もかもが同じ

 この引用部でも、日常的としか言えない日常に対して、苛立ちとも怒りとも呼べない感情が渦巻いていることを、歌っているのではないでしょうか。

言葉が歌になったときの魅力

 歌詞の内容を見てきましたが、この曲の歌詞はエレファントカシマシの演奏と歌によって増幅され、音楽の一部になることで完成されるものだと思います。歌い出しの「おはよう」から、とても日常的な挨拶の「おはよう」とは思えない熱情が込められています。

 いろいろと書いてきましたが、意味に多様性があり、言葉以上に解釈の余地が大きいところが、音楽の魅力だと思っています。

 僕はこの曲に、鬱屈した感情が爆発するようなパワーを感じ、1日の始まりに聴きたい1曲になっています。エレカシはこの曲で、形骸化した「おはよう」(のような言葉)に異を唱え、ここまで力強くエモーショナルな「おはよう」を歌っているのではないか、というのが僕の考えです。

 少ない言葉で最大限の感情を伝える、エレカシの魅力が凝縮された1曲なので、ぜひ聴いてみてください。