乃木坂46「きっかけ」歌詞の意味考察 日常性と普遍性の交錯


目次
イントロダクション
登場人物と場面設定
「私」の感情
サビでの展開
歌詞の二重性
「きっかけ」という言葉の意味
結論・まとめ

イントロダクション

 乃木坂46の「きっかけ」。シングル曲ではありませんが、2ndアルバム『それぞれの椅子』のリード・トラックとなっており、ミュージック・ビデオも作成されています。作詞は秋元康、作曲は杉山勝彦。

 飾り気の無い、素っ気ないとも言える、「きっかけ」という曲名。歌詞の内容がほとんど想像できない、つかみどころの無いタイトルです。

 でも、実際に聴いてみると、アルバムのリード・トラックにふさわしく、多層性のある歌詞が魅力的な楽曲で、乃木坂の中でもお気に入りの曲になりました。

 歌詞の意味が、わかりやすいのと同時に、巧みな構造を持っているんですよね。このページでは、歌詞の分析と考察をしながら、この曲が持つ魅力を、お伝えできればと思っています。

 歌詞は必要な部分は引用しますが、全文は掲載しません。全文は歌詞カードか各種サイトで、確認してくださいね。

登場人物と場面設定

 まずは、登場人物と場面設定を確認しましょう。歌詞に出てくるのは、語り手である「私」のみです。

 乃木坂の楽曲は、一人称が「僕」で、「君」について歌った恋愛の曲が多いのですが、この曲はそのパターンから外れます。一人称を「私」とすることで、乃木坂メンバーの境遇に、照らし合わせた歌詞だという解釈も、可能かもしれません。

 次に、場面設定。歌い出し部分に「交差点の途中」という言葉が出てくるため、場面は交差点を渡っている途中であることが分かります。

 また、歌詞全体を見渡してみると「信号」「横断歩道」という言葉も登場。この曲の歌詞が、通りを渡っている最中に、「私」が感じたことを記述した内容だと分かります。

 では「私」は、何をきっかけにして、どんな感情を持ったのか。これから、歌詞の内容を検討していきましょう。

「私」の感情

 交差点を渡っている「私」。1番のAメロでは、信号を見ながら、思いを巡らせています。Aメロ1連目の歌詞を引用します。

交差点の途中で
不安になる
あの信号 いつまで
青い色なんだろう?

 青信号で通りを渡りながら、ふと信号というシステムに疑問を持ち、不安な気持ちになっています。信号というのは、社会のあらゆる既存のシステムを、象徴しているのでしょう。「私」は、そのシステムに無条件に従うことに疑問を持ち、不安な気持ちを抱くところから、この曲は始まります。

 Aメロ2連目では、信号が点滅し、「私」は無意識に早歩きになります。システムに疑問を持っているものの、「私」にはそのシステムが染み付いており、自動的に体が動いてしまう、という状態のようです。

 続くBメロの歌詞では、信号が点滅することに反応して、まわりの人々が自分の意思に関係のないように走りだす様子が、前半4行で記述されます。そして、後半3行では、そのときの「私」の気持ちが明かされます。

何に追われ焦るのか?と笑う
客観的に見てる私が
嫌いだ

 信号に合わせて走りだす人々を、「私」は一歩引いた目線から、嘲笑的に見つめています。そして、そんな視点を持ってしまう自分自身を「嫌いだ」と宣言しています。

 1番のAメロとBメロの歌詞をまとめると、信号機に象徴される自動化されたシステムと、無意識でそのシステムに従う人々に、「私」は疑問を呈している、ということになるでしょう。

サビでの展開

 ここまでは交差点を渡りながら、その状況がきっかけとなり、「私」は思考を巡らされていました。そのため、この部分の歌詞には「交差点」や「点滅」など、その場の具体的な状況を示す言葉が、散りばめられています。

 しかし、サビに入ると語りの質が変わり、「私」の感情のみが、流れるように記述されます。サビの前半3行の歌詞を、以下に引用します。

決心のきっかけは
理屈ではなくて
いつだってこの胸の衝動から始まる

 前述のとおり、上記の引用部には、交差点を示す言葉は出てきません。AメロとBメロでは、信号に従う人々を、批判的に見つめていた「私」。サビに入ると、より思考を深め、普遍的な事柄を語っているようです。

 上記の引用部は、信号の色が変わったら動く、というルールに従うのではなく、なにかを決心するときには、自分の心に従うべき、と言っているのでしょう。信号を渡る人々を見ながら、思考が人生の決断へと、飛躍しています。

 サビの後半では、さらに具体的な記述が続きます。サビの後半5行を、以下に引用します。

流されてしまうこと
抵抗しながら
生きるとは選択肢
たった一つを
選ぶこと

 ルールやシステムに流されて、何かを決定するのではなく、自分自身で決断すべき。そんな強い思いが、「たった一つを
選ぶこと」という言葉に凝縮されています。

 最初は信号や人々を眺めながら、その様子について考えていたのに、サビに至って「生きるとか何か?」というレベルの思考に、たどり着いてしまいました。

歌詞の二重性

 ここまでで「私」が、交差点の状況がきっかけとなり、思考が飛躍していくプロセスが確認できました。

 「きっかけ」の歌詞の面白いところは、その二重性です。これは具体的にどういうことか、ご説明します。1番の歌詞では、交通ルールに従うことを、人生において流されてしまうことに、照らし合わせていました。そして2番に入ると、今度は人生において、信号機のように決定してくれるものがあればいいのに、と思いを巡らせています。

 つまり、「交差点は人生のようだ」という比喩と、「人生は交差点のようだ」という比喩が、交互に出てくるということ。言い換えれば、双方向の比喩表現とでも言うべき、構造になっています。

 では、その前提に基づいて、2番の歌詞を確認していきましょう。2番のAメロ1連目の歌詞を、引用します。

横断歩道 渡って
いつも思う
こんな風に心に
信号があればいい

 1番の歌詞では、信号に従う人々を笑っていた「私」。しかし、2番では「心に信号があればいい」と、一見すると真逆のことを思っています。

 そして、上記の引用部に続く、2連目の歌詞では、信号のようにルールがあれば、悩まなくていいのに、という心情が吐露されます。

 ここまでの歌詞からは、自分の意思で決定するのは大変だから、信号のように自動的に決まってほしい、という気持ちが読み取れます。しかし、これはその後の内容を強調するための逆説表現で、実際には「ルールがあったら楽なんだろうけど、やっぱり自分で決断したい」という思いが、綴られていきます。

 Bメロ前半4行の歌詞を、引用しましょう。

誰かの指示
待ち続けたくない
走りたい時に
自分で踏み出せる

 Aメロでは「心に信号があればいい」のにと思っていた「私」。しかし、それは本心ではなく、上記の引用部が、実際の心持ちなのでしょう。その後に続く歌詞でも「強い意思を持った人でいたい」と、その感情がさらに強調されています。

「きっかけ」という言葉の意味

 「私」が、自分で決断できる人でいたい、という強い気持ちを持っていることが、ここまでの考察で確認できました。

 それでは、曲のタイトルにもなっている「きっかけ」という言葉。サビにも出てくるこの言葉が、なにを意味するのか検討します。2番のサビの前半部を、下記に引用します。

決心のきっかけは
時間切れじゃなくて
考えたその上で未来を信じること

 「時間切れ」というのは、信号の色が変わって動き出すように、流されるままに決断してしまうことを指しているのでしょう。ここから、その前に出てくる「きっかけ」の意味も、逆算できそうです。

 なにかを決めるときに、決断を後押しするもの。それを、この曲では「きっかけ」というキーワードに設定しているのでしょう。そして、「きっかけ」となるのは、まわりの状況や他人の意見ではなく、自分自身の心であるべきだということ。それが、この曲のテーマです。

 歌詞の最後の3行は、まさにこの曲のメッセージを、端的にあらわしています。

決心は自分から
思ったそのまま…
生きよう

 曲中には「心に信号があればいい」「背中を押すもの 欲しいんだ」という一節も出てきますが、最終的には自分で決心するしかない、自分の心に従って生きよう、というメッセージで締めくくられています。

結論・まとめ

 「人生は旅路」や「人生の岐路」という表現に代表されるように、人生を道に例える歌は、古今東西に数多くあります。

 この曲も、道を人生に例えてはいるのですが、比喩が双方向である点、そして「交差点」「横断歩道」という日常的な道が用いられている点が、特異なところ。人生を長い旅路に例えた壮大な曲ではなく、あくまで良い意味での日常性を持っています。

 AメロとBメロでは、交差点を例に出した具体的な言葉が並び、サビに入ると、人生の決断へと、話題が一気に飛躍します。この、日常性と普遍性を行ったり来たりするところが、楽曲の入口を広め、リスナーの共感を生みやすくするのでしょう。

 最後に少しだけ、音楽にも触れておきましょう。メロディーが、Aメロでは起伏が少なく抑えめで、サビに入ると起伏が大きく、開放感を演出する、というのはポップスの常套手段。「きっかけ」は、メロディーのみならず歌詞においても、あざやかなコントラストをなしていると言えます。

 すなわち、サビ以外の部分では「交差点」や「信号」を用いた、日常的な歌詞が充てられ、サビでは「生きるとは選択肢」という一節に象徴的なように、人生レベルの壮大な歌詞が充てられています。

 Mr.Childrenの桜井和寿さんが、ライヴでカバーしたというエピソードも有名ですが、本当に歌い継がれるべき、名曲です!

 




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