乃木坂46「制服のマネキン」歌詞の意味考察 恋愛禁止を掲げるアイドルの矛盾


目次
イントロダクション
「制服のマネキン」とは?
場面設定
「君」の感情
問いかけの意味
結論・まとめ

イントロダクション

 「制服のマネキン」は、2012年12月19日にリリースされた、乃木坂46の4作目のシングル。2015年1月7日リリースの1stアルバム『透明な色』にも収録されています。作詞は秋元康。

 「制服のマネキン」という曲名にも集約されているのですが、アイドル・グループが歌うことで、アイドルというシステムを揶揄しているようにも、アイドルの異常さを指摘しているようにも聞こえる楽曲です。

 僕は基本的には、歌詞の内容は独立して解釈すべき、と考えています。つまり、誰が書いたか歌ったか、どのような背景で生まれた曲か、といった外部の情報よりも、歌詞に書かれた内容のみで解釈すべき、ということ。

 しかし、秋元康という策士が書いたこの曲。恋愛禁止を掲げる女性アイドル・グループが歌うことで、明らかにアイドル自体をテーマにした曲として響いています。

 具体的には、恋愛を禁じられたアイドルと、そのアイドルを追うヲタクとの関係性が、記述されているように思えるのです。アイドルに恋をすることを「ガチ恋」と呼びます。握手会などのいわゆる接触イベントをおこなうアイドル・グループにとって、多かれ少なかれ、ファンにガチ恋的感情を抱いてもらうことは重要です。

 なぜなら、CDが売れなくなったと言われて久しい現代。「AKB商法」と呼ばれ、批判を受けることも度々ありますが、1人のファンに多くのCDを買ってもらうことが、アイドル・グループを経済的に成り立たせるため、極めて大きなファクターを締めるからです。

 そこで、CDを大量に買ってもらうモチベーションとして、恋愛感情を利用するわけです。しかし、ここには大きな問題があります。アイドルは、アイドルをやっているからこそ、ヲタクにとって会える存在。ひとたびアイドルを辞めてしまえば、基本的にはヲタクは会う機会を失います。いわば一方通行の関係性。

 そして、多くのアイドルは恋愛禁止をルールとして掲げ、アイドルをやっている限りは、ヲタクとアイドルの恋愛が発展することはありません。(少なくとも建前上は)

 なんだか、ライアーズ・パラドックスのような状況ですよね。アイドルは恋愛禁止を叫んでいるのに、実際には恋愛感情を利用しながらCDを売ろうとしている。そして、アイドルを卒業してしまえば、ヲタクは会えるシステムを失ってしまう。

 「制服のマネキン」は、このようなアイドルの矛盾を、自己言及的に歌っているのではないか、というのが僕の仮説です。では、そのような考えに基づいて、歌詞の意味を考察していきたいと思います。

「制服のマネキン」とは?

 まず、曲のタイトルになっている「制服のマネキン」が何を意味するのか、検討しましょう。マネキンというのは、言うまでもなく、見本用に洋服を着せられ、展示される人形のことです。

 「制服のマネキン」とは、サビの歌詞にも出てきますが、制服を着たマネキンということ。では「制服」とは、何を象徴するでしょうか。まず思い浮かぶのは、学校の制服。あるいは、コンビニやチェーン系レストランなどの制服。

 制服とは、ある組織に所属している人々が着用する、共通するデザインを持った服のこと。そのため、着ることで自分が属しているグループ、あるいは職業までをも示す記号性を有しています。また、着ることを半ば強制されるため、組織やルールを表象しているとも言えるでしょう。

 まとめると「制服」とは、組織やルールを象徴する、一種の記号であるということ。「制服のマネキン」とは、ルールに従い、自分の感情を持たない、人形のような存在であることを、端的にあらわした表現です。

 乃木坂のメンバーが着る揃いの衣装も、一種のユニフォームであると言えますし、アイドルというのは、自分の感情に関係なく、笑顔を振りまかなくてはいけない存在です。

 つまり「制服のマネキン」というタイトル自体が、アイドルという存在の特異性を示しているとも言えます。では、歌詞では実際にどのようなことが歌われているのか、順番に考察しましょう。

場面設定

 最初に登場人物と、場面設定を確認します。登場人物は、語り手である「僕」と「君」の2人。

 では、どのような場面が設定されているのか。1番のAメロの歌詞で、多くの情報が提供されます。まずはAメロ1連目の歌詞を、下記に引用します。

君が何かを言いかけて
電車が過ぎる高架線
動く唇 読んでみたけど
YesかNoか?

 引用部に「高架線」が出てくることから、場所は野外であることが分かります。「僕」が「君」の答えを待っている状態、ということで、普通に考えるならば、「僕」が「君」に告白をして、その答えを待っているシチュエーションということでしょう。

 続いて、Aメロ2連目の歌詞を引用します。

河川敷の野球場で
ボールを打った金属音
黙り込んだ僕らの所へ
飛んでくればいい

 上記の引用部では「河川敷の野球場」という言葉が出てきました。先ほどの「高架線」と合わせると、場所は近くを電車が走る河川敷ということでしょう。場面がより、具体的になりました。

 「僕」がいる場所と、野球場の距離がどの程度なのかは記されていません。しかし「ボールを打った金属音」が響いているところから、「君」と「僕」との間に、重苦しい沈黙が流れていることが示唆されます。

 ボールに対して「僕らの所へ 飛んでくればいい」と思っているところからも、「僕」が押しつぶされそうな気分であると解釈できるでしょう。

 ここまでの歌詞で、場所は河川敷。「僕」は「君」の返事を待っていて、重苦しい空気である、という状況が確認できました。

「君」の感情

 では、次に「君」はどう思っているのか、どのような答えが想定されるのか、検討していきましょう。1番のサビの後半4行を引用します。

恋をするのはいけないことか?
君の気持ちはわかってる
感情を隠したら
制服を着たマネキンだ

 上記の引用部では、「僕」が一方的に感情を明らかにするだけで、「君」の言葉や仕草が描写されることはありません。

 このあたりで、うすうす気がつくことですが、この曲は終始「僕」が一方的に状況と感情を語るだけで、「君」の人間性がまったく見えてきません。もちろん、これは作詞家による意図的な試みでしょう。

 「君の気持ちはわかってる」という一節がありますが、これもあくまで「僕」の感情であって、「君」の実体を感じさせる表現は、一切出てきません。

 文字どおり「君」は、「制服のマネキン」のような存在で、感情をあらわにしないということ。同時に「僕」と「君」の一方通行の関係性が、アイドルとヲタクの関係性と並行しているとも解釈できます。

 2番のサビでは、上記の関係性がより補強されます。2番のサビを引用します。

どんな自分を守ってるのか?
汚(けが)れなきものなんて
大人が求める幻想
どんな自分を守ってるのか?
僕は本気で好きなんだ
その意思はどこにある?
制服を着たマネキンよ

 ここでも「僕」が、一方的に自分の感情を吐き出すだけです。以上のように、この曲では一貫して「君」の個性や感情を示す描写はなされず、ひたすら「僕」の感情のみが記述されるかたちで、歌詞が進行します。

問いかけの意味

 さて、少し視点を変えて、この曲のもうひとつの特徴を指摘しておきます。それは「恋をするのはいけないことか?」という一節をはじめ、問いかけの言葉が非常に多い点です。

 これらの問いかけも「僕」が「君」に対しておこなったものだと推定できます。「君」に告白し、その答えを待っている「僕」。

 しかし、告白への回答はおろか「どんな自分を守ってるのか?」「その意思はどこにある?」という質問に対しても、歌詞の中で「君」が返答することがありません。

 これは何を表しているのでしょうか。やはり「僕」の一方的な態度、そして「君」がマネキン的存在であることを、ますます浮かび上がらせていると言えるでしょう。

結論・まとめ

 ここまで「制服のマネキン」はアイドルが持ち得る矛盾を、自己言及的に歌った曲なのではないか、という仮説に基づいて歌詞を読み解いてきました。

 歌詞の内容は「僕」が語り続けるばかりで、「君」の感情や顔が全く見えてこない。もちろん「僕」の問いかけにも「答えない」という点は、アイドルとヲタクの関係性を表していると言えます。その理由は、「僕」が「君」に理想の言葉を追い求める、一方的な関係であるから。これは、ある決まったシチュエーションのみで会うことができる、アイドルとヲタクの関係性に対応しています。

 「恋をするのはいけないことか?」、この質問に対して「僕」が期待するのは「いけないことではない」という主旨の答え。しかし、前述のとおり「君」が答えることはありません。

 それが「君」の感情によるもの、言い換えれば「君」が「僕」に対して興味がないから答えに困っているのか。あるいは、まだ制服を着る学生なので早いと思っているから、アイドルに当てはめて言い換えるなら、アイドルをしているために答えられないのか、理由は最後まで明かされません。

 回答がはぐらかされるところも、恋愛感情を巧みに利用しながら、恋愛禁止を掲げるアイドルの矛盾を、あらわしているのではないかと思います。

 以上、長々と書いてきましたが、僕はアイドルの接触イベントを悪いとも思っていませんし、ヲタクが全員ガチ恋だとも思っていません。

 ただ、音楽やダンスのクオリティよりも、アイドルという人自体に感情移入させて、商品価値を転化させるシステムが、とてもよくできていると思うのです。(僕自身、握手会や2S会に、それなりに参加してしまいますし…。)

 それと「恋愛禁止」を掲げるのも、システムとして理にかなって思うんですよね。ガチ恋の人にとっては対象が誰のものにもならないという安心感を与えるし、アイドルを守る予防線にもなります。さらに言えば、恋が叶わない理由にもできるという。

 少し視点を変えて「制服のマネキン」の歌詞を読んでみると、「僕」は恋が叶わない理由を、まだ学生だから「君」は早いと思っている、と理由づけて納得しているようにも響きます。

 いずれにしても、この曲は「僕」が感情を一方的に投げつける歌であり、「君」は決して感情を出さない、あるいは出せない「制服のマネキン」である。そしてそれはアイドルとヲタクの関係性と一致する、というのが結論です。

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