米津玄師「Flamingo」歌詞の意味考察 フラミンゴは何を象徴するか?


目次
イントロダクション
「フラミンゴ」が意味するもの
1番Aメロ
1番Bメロ
1番サビ
2番Aメロ
2番Bメロ
2番サビ
Cメロ
結論・まとめ

イントロダクション

 「Flamingo」は、徳島県出身のシンガーソングライター、米津玄師の楽曲。両A面シングル『Flamingo / TEENAGE RIOT』として、2018年10月31日にリリース。作詞作曲は米津玄師。

 「難解」と言うと語弊があるかもしれませんが、歌詞にも音楽にも、ねじれた魅力があるのが米津玄師さんの楽曲の特徴。

 メジャー9枚目のシングルとしてリリースされた「Flamingo」も、実験性と大衆性が同居した、アヴァンギャルド・ポップとでも呼びたい質を備えています。

 歌詞も、一聴しただけでは、なかなか本質を掴めません。小説でも音楽でも映画でも、一筋縄ではいかないものが、個人的に大好き。

 なおかつ、作品に関してあれこれ考えるのも大好きなので、この曲の歌詞の意味を、考察してみたいと思います。

「フラミンゴ」が意味するもの

 まずは「Flamingo」というタイトル。歌詞にも「フラミンゴ」と出てきますが、まずはこの言葉がなにを意味するのか考えてみましょう。

 「フラミンゴ」とは鳥の一種で、鳥綱フラミンゴ目フラミンゴ科の総称。日本ではベニヅルとも呼ばれ、オレンジ色やピンク色をした姿が特徴です。また、水辺にいる時は、水に体温を奪われにくくするため、片足で立つという特徴もあります。

 以上をまとめると、フラミンゴは見た目は華やかだが、やや不安定な存在、ということになるでしょう。

 次に、歌詞の登場人物を確認します。まず、確実に出てくるのは「あなた」。そして、「あたし」という一人称代名詞を使う、語り手。ただ、「あたし」という言葉は、Cメロに1回出てくるだけです。語り手が、主に「あなた」のことを語っていくのが、歌詞の大まかな内容です。

 歌詞の中では「あなた」のことを、「フラミンゴ」だと表現しています。また、歌詞カードなどには記載されていませんが、実際には「フラフラフラフラミンゴ」と歌われています。

 繰り返される「フラフラ」は、不安定な状態を強調しているとも取れます。「あなた」は華やかだが、不安定な要素を持った存在として描かれている。ひとまず、そう仮定しましょう。

 登場人物は、語り手と「あなた」。「あなた」はフラミンゴに例えられ、華やかで不安定な存在。以上を念頭に置きながら、歌詞を読み解いていきます。

1番Aメロ

 この曲の歌詞は、なかなかに難解なので、順を追って確認していきたいと思います。まず1番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

宵闇に 爪弾き 悲しみに雨曝し 花曇り
枯れた街 にべもなし 佗びしげに鼻垂らし へらへらり

 主語が示されていませんが、語り手が主語であると仮定して、読み進めます。

 上記引用部には、漢字が多く、古語を思わせる言葉が並びます。一聴すると掴みにくい歌詞ですが、言葉をひとつずつ確認すると、多くの情報が提示されていることが分かります。

 まず「宵闇に」という言葉から、時間は夜であることが判明。「爪弾き」は「嫌われる」「非難される」といった意味ですから、前の言葉と合わせると、夜に嫌われたような状態であるということ。

 「悲しみに雨曝し」からは、天気が雨であること、語り手が悲しみに暮れていることが分かります。

 「花曇り」とは「桜が咲くころの曇天」を意味しますから、季節が春であることも判明。

 引用部1行目で得られた情報をまとめると、時間は夜、天気は雨、季節は春。語り手の悲しみにくれた状態が、「爪弾き」「雨曝し」という言葉で表されています。

 続いて2行目。「枯れた街」は、寂れた街の様子を描写、あるいは感受性を無くすぐらい打ちひしがれた、語り手の状態を表しているのでしょう。

 「にべもなし」とは、「愛想がない」「そっけない」という意味。「枯れた街」の様子を、語り手はそっけないと表現しています。

 その後の「佗びしげに鼻垂らし へらへらり」からは、悲しみに暮れた語り手のボロボロな様子が伝わります。

 上記Aメロの歌詞では、場面設定が明らかにされ、語り手の状態が描写されています。

1番Bメロ

 続いて、1番のBメロの歌詞を、以下に引用します。

笑えないこのチンケな泥仕合 唐紅の髪飾り あらましき恋敵
触りたいベルベットのまなじりに 薄ら寒い笑みに

 Aメロとは変わって、現代の口語に近い言葉使いとなっています。

 前述したとおり、歌詞に出てくるのは語り手と「あなた」の2人。1行目の「泥仕合」とは、語り手と「あなた」の間に起こった、いざこざの事でしょう。

 「髪飾り」からは、「あなた」が女性であること、「恋敵」という言葉からは、「泥仕合」が男女関係のもつれである事が示唆されます。

 2行目の「ベルベット」とは、日本では「ビロード」とも呼ばれる、柔らかく上品な光沢を持つ布地のこと。「まなじり」とは、目じりのことです。

 ビロードのような目じりに触りたい、ということは、やはり語り手と「あなた」は、男女関係にあると想定できるでしょう。

1番サビ

 Aメロでは設定と語り手の状態が提示され、Bメロでは語り手と「あなた」の関係性が示唆されました。

 サビに入ると、より具体的に2人の関係が記述されます。1番のサビの歌詞を、以下に引用します。

あなたフラミンゴ 鮮やかなフラミンゴ 踊るまま
ふらふら笑ってもう帰らない
寂しさと嫉妬ばっか残して
毎度あり 次はもっと大事にして

 1行目の「あなたフラミンゴ」とは、「あなた」はフラミンゴのような存在である、ということでしょう。フラミンゴが、華やかで不安定な存在を表す、と先ほど仮定しました。

 1行目の「鮮やかなフラミンゴ」、2行目の「ふらふら」という表現からは、この仮説の妥当性が確認できます。上記1〜2行目は、「あなた」が華やかで魅力的な女性であるが、ふらふらと自由で自分だけのものにする事はできない、ということを示しているのでしょう。

 では、2人が具体的にどのような関係にあるのか。3行目と4行目に、示唆的なかたちで記されます。

 3行目の「寂しさと嫉妬ばっか残して」は、語り手以外の男性の存在を感じさせる表現です。この一節のみだと、「あなた」と語り手は恋愛関係にあるが、「あなた」には浮気相手がいる、あるいは不倫関係にあると想定できます。

 しかし、4行目に続くのは「毎度あり」という言葉。商売を連想させるこの言い回しからは、「あなた」が遊女であり、語り手は客である、という関係性が示唆されます。

 もちろん示唆的に語られるだけで、確定した情報は提示されないのですが、語り手が雨に打たれながら、夜の街を彷徨うイメージから始まり、なんとも怪しく独創的な世界観が描かれています。

2番Aメロ

 語り手が客、「あなた」が遊女という関係を、ひとつの仮説として頭に置きながら、2番の歌詞を読み解いていきましょう。2番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

御目通り 有難し 闇雲に舞い上がり 上滑り
虚仮威し 口遊み 狼狽に軽はずみ 阿呆晒し

 1番と同じく、Aメロは古語を思わせる言葉が羅列されます。

 1行目の「御目通り」とは、目上の人に会うこと。「上滑り」とは、深みがなく軽々しいことを言います。引用部1行目をまとめると、「あなた」に会えたことが嬉しくて舞い上がり、軽い言葉しか交わすことができなかったということ。

 「虚仮威し」(こけおどし)から始まる2行目は、1行目の内容を強調し、繰り返し語っているのでしょう。

2番Bメロ

 続いて、2番のBメロを下記に引用します。

愛おしいその声だけ聴いていたい 半端に稼いだ泡銭 タカリ出す昼鳶
下らないこのステージで光るのは あなただけでもいい

 引用部1行目の「愛おしいその声だけ聴いていたい」は、語り手の「あなた」に対する気持ちということでしょう。

 しかし、その後に続く言葉は、解釈に迷います。「半端に稼いだ泡銭」は、そのままでも意味は分かります。「昼鳶」は「こそどろ」や「スリ」を意味するので、「タカリ出す昼鳶」は「盗みを働き始めるこそどろ」程度の意味でしょう。

 意味としては上記のとおり。迷うのは、主語が誰か、という点です。主語を語り手とするなら、自分が稼いだお金を、こそどろに盗まれてしまう、という意味になります。

 あるいは特定の主語を想定しているのではなく、世間一般のことを言っている、とも取れます。この場合の意味は、適当に稼いだお金を、こそどろに盗まれるこの世界、といった感じでしょうか。

 主語は語り手か、世間一般か。いずれであったとしても、その後に続く2行目の言葉とは、スムーズに繋がるように思います。

 「下らないこのステージ」とは、世間一般のこと。そのように解釈すると、引用部2行目は、あぶく銭も奪われるような下らない世界で、価値があるのは「あなた」だけでいい、という意味になります。

 具体的には語られていませんが、「あなた」が遊女だと仮定すると、世間一般ではなく遊郭のシステムを指している、とも取れるでしょう。

 どちらの解釈を取るにしても、語り手が「あなた」を愛おしく思う気持ちが、上記引用部では語られています。

2番サビ

 1番のサビでは、「あなた」を鮮やかで不安定なフラミンゴに例えていました。2番のサビでも、共通してフラミンゴを用いているのですが、表現内容が1番とは異なります。2番のサビを、以下に引用します。

それはフラミンゴ 恐ろしやフラミンゴ はにかんだ
ふわふわ浮かんでもうさいなら
そりゃないね もっとちゃんと話そうぜ
畜生め 吐いた唾も飲まないで

 1番では「鮮やかなフラミンゴ」と、その鮮やかさにフォーカスしていました。しかし、2番では「恐ろしやフラミンゴ」という言葉に代わっています。

 ここで「フラミンゴ」が何を意味するのか、思い出しましょう。先ほど、フラミンゴは色が鮮やかで片足で立つことから、「華やかで不安定な存在」を表していると仮定しました。

 上記2番のサビを、1番のサビと比較してみましょう。1番は、鮮やかさにフォーカスした表現。2番は、不安定さにフォーカスした表現ではないかと思います。

 言い換えると、1番は不安定な存在であると分かっていながら、鮮やかさに負けて「あなた」に夢中になってしまう心情。2番では、「あなた」は不安定な存在であるために、決して自分のものにはならず、入れ込むと傷つくという状況が、記述されているということ。

 どんなに語り手が「あなた」に想いを寄せても、「あなた」はふわふわと去ってしまう。そのような状況が、上記2番のサビでは語られています。

Cメロ

 2番のサビの後には、歌詞の内容としてクライマックスと言うべき、Cメロが挿入されます。以下に引用します。

氷雨に打たれて鼻垂らし あたしは右手にねこじゃらし
今日日この程度じゃ騙せない 間で彷徨う常しえに
地獄の閻魔に申し入り あの子を見受けておくんなまし
酔いどれ張り子の物語 やったれ死ぬまで猿芝居

 引用部1行目の「氷雨に打たれて鼻垂らし」は、1番のAメロの歌詞と同じく、精神的にボロボロになった語り手の様子を描いているのでしょう。

 その後の「あたしは右手にねこじゃらし」は、語り手が「あなた」の気を引こうと、策を考え、行動することを「ねこじゃらし」に例えています。

 2行目は「ねこじゃらし」のイメージから繋がり、ねこじゃらしのような子供騙しの策では、「あなた」を振り向かせることはできない、という内容。

 3行目の「あの子」は、「あなた」を指すのでしょう。3行目全体では、「あなた」と結ばれることのない語り手が、閻魔様に「あなた」のことを考慮してください、と頼んでいます。

 ここで「地獄の閻魔」様が出てきた理由は、現実では語り手と「あなた」が結ばれることはあり得ない。しかし、どうしようもないほど、語り手が「あなた」に夢中になっている状態を、表すためだと考えます。

 4行目の「張り子」とは、「はりぼて」とも言われる、中が空洞になった造形技法のこと。1行目の「ねこじゃらし」と同じく、語り手の無力な状態を表しています。引用部最後の「猿芝居」も、「ねこじゃらし」と「張り子」のイメージを、繰り返し強調。

 上記Cメロの歌詞をまとめると、語り手は「あなた」を思い続け、実際に行動もするが、どれもハリボテのような内容ばかりで、実を結ぶことはない。しかし、語り手はそれを一生続けようと思うぐらい、「あなた」に夢中である、という内容です。

結論・まとめ

 以上、タイトルにもなっている「フラミンゴ」(Flamingo)が何を意味するのか、という点を手がかりにしながら、歌詞を読み解いてきました。

 内容としては、語り手がフラミンゴのように鮮やかで不安定な存在の「あなた」に恋をするが、成就することはない状況を、語り手の視点から綴っています。

 しかし、この曲の歌詞において重要なのは、その内容よりも語りの手法。クラシカルな言葉を用いながら、前の言葉のイメージが、後ろの言葉へと、数珠のように連なっていきます。

 イメージの大群がサウンドと共に押し寄せ、圧倒されるのが、この曲の魅力だと思います。ミュージック・ビデオも秀逸。

 ぜひミュージック・ビデオを観ながら、音楽から溢れ出るイメージに、圧倒される体験をしてください。

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