乃木坂46「裸足でSummer」歌詞の意味考察 裸足が象徴する「君」のキャラクター


目次
イントロダクション
楽曲構造の確認
いつもの夏となにが違う?
「僕」と「君」の関係性
「裸足」はなにを表象するか?
結論・まとめ

イントロダクション

 「裸足でSummer」は、女性アイドルグループ・乃木坂46の通算15作目のシングル。2016年7月27日にリリース。作詞は秋元康。

 タイトルに「Summer」が含まれているとおり、夏をテーマにしたこの曲。語り手の「僕」が「君」への恋心を語るのが、歌詞の大まかな内容です。

 しかし、秋元康らしいと言うべきなのか、歌詞は説明的でありながら、テクニックを駆使したもの。今日はこの曲を歌詞を、読みといてみたいと思います。

楽曲構造の確認

 歌詞の分析に入る前に、構造の確認をしましょう。再生を開始すると、イントロに続いて歌のメロディーが入ってきます。

 最初はこのメロディーがサビなのかなと思い、そのまま聴いていると、その後にAメロ、Bメロと展開して別のサビが出てきます。

 どうやら、イントロ後のメロディーは、Cメロあるいは大サビと呼ぶべき部分が、冒頭に挿入されていたようです。ちょっと珍しい構造ですね。

 この曲の構造を示すと、下記のとおり。

 Cメロ→Aメロ→Bメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→サビ→間奏→Cメロ→サビ

 では、構造が確認できたところで、歌詞の考察に入ります。

いつもの夏となにが違う?

 前述のとおり、語り手は「僕」。歌い出しとなるCメロの歌詞を、以下に引用します。

いつもの夏と違うんだ
誰も気づいていないけど
日差しの強さだとか
花の色の鮮やかさとか…
何度も季節は巡って
どこかに忘れていたもの
誰かを好きになる
切ない入り口を…
You know…

 1行目は「いつもの夏と違うんだ」という宣言から始まります。では、なにが違うのか。その内容が2行目以降に記述されていきます。

 「日差しの強さ」や「花の色の鮮やかさ」など、文字どおりに意味をとっていくと、気候がいつもの夏とは違う、と言っているように思われます。

 しかし、そうではありません。語り手である「僕」が主張したいのは、7行目の「誰かを好きになる」の部分。

 誰かを好きになることで、日差しの強さや花の色が、それまでとは全く違って感じられる。つまり、いつもの夏と違うのは気候ではなく、「僕」の内面。

 今年の夏は恋をしているために、いつもの夏とは全く違う。上記の引用部は、そのような「僕」の精神的な変化をあらわしているということです。

 Cメロでは「僕」が恋をする「君」の描写は、まったくありませんでしたが、続く1番のAメロは「君」を説明する内容となっています。以下に引用します。

オレンジ色のノースリーブ ワンピース
サイドウォークで
太陽が似合うのは君だ

 具体的に「君」が好きだ、と記述されるのではなく、服装と場所の断片的な情報が示されるだけ。

 しかし、服装を細かく認識している点と、Cメロからの繋がりを考えると、「僕」が恋する相手は「君」なのだなと、分かる構造だと言えるでしょう。

 「いつもの夏と違うんだ」という一節から始まり、リスナーは自ずと何がいつもと違うんだろう、と疑問を持ちます。

 その疑問に応えるように、「僕」は「君」に恋をしているために、いつもの夏とは違う、という情報がここまでの歌詞で明らかになりました。

「僕」と「君」の関係性

 Aメロでは「君」の服装を描写していました。それに対して、Bメロでは行動が描写されています。以下に引用します。

ルイボスティーを飲みながら
なぜ 一人微笑むの?
テーブルの下 さりげなく
サンダル 脱ぎ捨てた

 2行目の「なぜ 一人微笑むの?」は、実際に質問をしたわけではなく、「君」の一挙手一投足を見つめてしまう「僕」の精神状態を、あらわしているのでしょう。

 疑問文は、サビに入っても繰り返し登場します。1番のサビの歌詞を、以下に引用します。

裸足になってどうするつもり?
そのまま どこかへ歩いて行くの?
ねえ 何をしたいんだ?
行動が予測できないよ
他人(ひと)の目 気にせずに気まぐれで…
そう君にいつも 振り回されて
あきれたり 疲れたり
それでも君に恋をしてる

 冒頭3行は、すべて疑問文。これらの疑問形もBメロと同じく、質問をしているわけではなく、「僕」が「君」の行動を追っている、夢中になっている様子をあらわしているのでしょう。

 同時に、6行目には「そう君にいつも 振り回されて」という言葉が続くことから、「僕」が「君」に振り回されている状況も、描写しています。

 最後の8行目は「それでも君に恋をしてる」と締めくくられています。つまり「僕」は振り回されつつも、「君」に夢中であるということ。あるいは夢中であるがために、振り回されていると言ってもいいかもしれません。

 いずれにしても、まだ恋に進展があるわけではなく、「僕」の片思いの状態であることが、ここまでの歌詞から想定できます。

 2人の関係性は、2番のAメロとBメロで、より具体的に記述されています。まず、2番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

近くにいつも
大勢いるよ
男友達
その中の一人が僕だ

 上記の引用部から、「僕」は「君」の男友達であることが明らかになります。また、2行目の男友達が「大勢いるよ」からは、「君」が魅力的であることも示唆されています。

 続くBメロでは、「僕」の心情が記述されます。以下に引用します。

悔しいけどしょうがない
告白もしてないし
今の距離感 心地いい
普通で楽なんだ

 Aメロで友達であることが明かされ、上記Bメロでは、この状況に納得しているような「僕」の心情が記述。

 以上、2番のAメロとBメロの歌詞から、「僕」と「君」の関係性は、「僕」の片想いであると分かります。

「裸足」はなにを表象するか?

 タイトルにも含まれている「裸足」。サビには実際にこの言葉が出てきますが、一体これは何を表象しているのか、考えてみます。

 もちろん、文字どおりの意味は、サンダルや靴を脱いで素足になること。この裸足になる行為が、なにか別の意味を含んでいるのかどうか、確認するということです。

 2番のサビの歌詞を、以下に引用します。

それなら僕も 裸足になって
一緒にどこでも歩いて行くよ
何だって付き合うさ
愛しさが背中を押すんだ
自分の気持ちは隠したまま
そう君といると素直になれる
欲しいものは前にある
いつかはちゃんと話せるかな

 1番の歌詞では「君」がサンダルを脱ぎ捨て、「僕」は「裸足になってどうするつもり?」と困惑していました。

 それに対して上記2番のサビでは、1行目に「それなら僕も 裸足になって」とあるとおり、「僕」は困惑するのではなく「君」にペースを合わせています。

 服を着替えること、あるいは脱ぐことで、心の変化をあらわすのは、たびたび用いられる表現方法です。僕も最初は「裸足でSummer」というタイトルですし、夏になって開放的になった気分を歌う曲だと考えていました。

 しかし、この曲において「裸足」は、心の変化というよりも、「君」のキャラクターを象徴的に示した言葉ではないかと思います。

 つまり、1番では「君」のマイペースで予測できない性格をあらわし、2番ではそんな「君」に惹かれる「僕」の恋心が、「裸足」というワードを介して描かれているということです。

結論・まとめ

 以上「裸足でSummer」の歌詞を、考察してきました。

 歌詞は、語り手である「僕」が、「君」に対する片想いを綴る内容。よくある夏のラブソングとも言えますが、この曲の特徴は、「裸足でSummer」というタイトルが示すとおり、「裸足」がキーワードとして機能しているところです。

 前述したとおり、「裸足」は「君」のキャラクターを象徴する言葉として、効果的に用いられています。

 歌詞を冒頭から見直して見ると、1番Aメロで「君」の描写をするときにも、「サイドウォーク」という言葉が出てきました。

 「sidewalk」とは、歩道を意味する英語。「裸足」というキーワードと併せて、この曲では常に注意の中心が、足元にあることが分かります。

 裸足になるという行為は、夏になって気分が開放的になる、自分の心をさらけ出す、という意味も少なからず含んでいるのでしょう。

 「裸足でSummer」というタイトルにも集約されていますが、「裸足」の意味を巧みに利用した夏ソングだと思います。

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