目次
・イントロダクション
・アイスクリームの温度
・色と香り
・アイスクリームと感情
・結論・まとめ
イントロダクション
「満月の夜なら」は、兵庫県西宮市出身のシンガーソングライター、あいみょんのメジャー4枚目のシングル。2018年4月25日リリース。作詞作曲は、あいみょん。
この曲に限らず、あいみょんの書く歌詞は、つねに意味が多層的。リスナーによって無数の解釈が可能な、イマジナティヴな言葉が並びます。
「満月の夜なら」も、エロティックというか、ロマンチックというか、ストレート過ぎるとも、曖昧とも言える歌詞になっています。
男女の性的な内容をメタファーで語っているようにも思えるし、実際にそのように受け取る方も多いようです。
僕もそういうことを歌ってるんだろうなぁ、と思いつつ、ただ「この曲は男女関係のメタファーです」と言って、終わってしまってはつまらない。
なので、ちょっと視点を絞り、五感に関係する表現、特にこの曲における「アイスクリーム」がどのような機能を担っているのかを、紐解いていきたいと思います。
つまり、歌詞の意味ではなく、表現の方法を考察するということですね。
「満月の夜なら」には、温度や色を用いた表現が散りばめられ、立体的で五感に結ぶつきやすい歌詞になっています。
この立体的な状況描写が、「満月の夜なら」の歌詞の優れた点だと思うんですよね。
では、実際にどのような表現がなされているのか、「アイスクリーム」を中心に考察していきます。
アイスクリームが伝える情報
歌詞の大まかな内容を、最初に確認しておきましょう。
登場人物は、語り手である「僕」と「君」。おそらくベッドの中だと思われる出来事が、直接的ではなく、ポエティックに記述されていきます。
「ポエティック」と書くと、具体的にどういうことなのか分からないですけど、前述したとおり、五感を利用した表現が、多用されているのです。
歌詞の1行目から、早速「アイスクリーム」が出てきます。1番のAメロ1連目の歌詞を、以下に引用します。
君のアイスクリームが溶けた
口の中でほんのりほどけた
甘い 甘い 甘い ぬるくなったバニラ
上記引用部では「アイスクリーム」という言葉ひとつで、多くの情報を伝えています。
アイスクリームは、本来は冷たく甘い食べもの。そのため「アイスクリームが溶けた」ということは、ある程度の時間の経過と、冷たいものの温度が上がり、馴染んできたことを意味します。
さらに3行目に「甘い ぬるくなったバニラ」とあるとおり、アイスクリームは甘い食べもの。
「君のアイスクリーム」が具体的になにを指すかは明らかにされませんが、「僕」が悪い感情を持っていないことが分かります。
2人が甘い関係、言い換えれば良好な関係にあることも、示唆していると言えるでしょう。
つまり「アイスクリーム」という言葉を用いることで、たった3行のなかに、時間の経過や「僕」の感情など、多くの情報を盛り込んでいるのです。
また、アイスクリームの温度と味を利用した、五感に訴えかける表現でもあります。
色と香り
1番のAメロ2連目には、今度は色と香りによって、さらにリスナーの五感をつかむような表現が続きます。
アイスクリームは出てきませんが、五感を利用したこの曲の特性が出ているので、確認しておきましょう。
1番のAメロ2連目の歌詞を、以下に引用します。
横たわる君の頬には
あどけないピンクと更には
白い 深い やばい 神秘の香り
視覚に関する2行目の「ピンク」、嗅覚に関する3行目の「神秘の香り」と、ふたつの異なる五感に訴える表現が出てきました。
注目すべきは3行目。「白い 深い やばい」と3つの形容詞が連続していますが、その全てが「神秘の香り」にかかっていると考えると、若干の違和感が生じるのです。
ひとつ目の「白い」は、視覚を形容する言葉なので不自然。これをどう考えるべきか。直前の「ピンク」をすぐに言い直すのもおかしいので、やはり香りにかかっているのだと考えます。
その後に続く「深い」と「やばい」は、より意味が広く、視覚にも嗅覚にも使える形容詞です。
3つの形容詞を並べてみると、順番に意味の幅が広がっています。言い換えれば、より曖昧な形容詞が選ばれているということ。
例えば「甘い香り」や「鼻につく香り」よりも、「深い香り」「やばい香り」は、具体性にとぼしい表現。しかし、リスナーに判断を任せることで、それぞれの想像力を利用し、歌詞の世界へと引き込んでいく表現とも言えます。
アイスクリームと感情
サビには「アイスクリーム」というワード自体は出てこないものの、アイスクリームに繋がるイメージが出てくるので考察します。
1番のサビの歌詞を、以下に引用します。
溶かして 燃やして 潤してあげたい
次のステップは優しく教えるよ
君とダンス 2人のチャンス
夜は長いから
繋いでいて 離れないでいて
1行目の「溶かして 燃やして 潤してあげたい」は、冒頭に出てきた「君のアイスクリームが溶けた」に繋がる表現と言えるでしょう。
冷たかったアイスクリームの温度が上がり、溶けて、やがて液状になる。温度によるアイスクリームの変化が、2人の感情とテンションの変化に、例えられているということです。
2番のサビのあとに挿入されるCメロでは、再び「アイスクリーム」という言葉が出てきます。以下に引用します。
甘いアイスクリーム
体温を上げる小さなスクリームがラブリー
耳元を狂わすよラブリー
淡いルームライト
ピンクの頬が杏色に照らされて
スパンコールのように弾けて
上記引用部には、この曲におけるアイスクリームの役割が、もっとも端的にあらわれています。
1行目から2行目にかけて「甘いアイスクリーム」と「体温を上げる小さなスクリーム」が、ことば遊びのように連なっています。
温度が上がり溶け出すアイスクリームと、高まる2人の感情がイコールで結ばれ、アイスクリームは2人の感情のメタフォーとして機能しているわけです。
結論・まとめ
結論に入りましょう。
この曲では夜の出来事がポエティックに綴られていくのですが、アイスクリームが2人の感情をあらわしています。
アイスクリームは、本来は冷たく、甘い食べもの。歌詞の中では、冒頭からアイスクリームが溶け出しています。
温度によるアイスクリームの変化は、2人の感情と対応。溶け出すアイスクリームが、気持ちの高まりのメタフォーになっているということです。
そして、言うまでもなく2人は苦い関係ではなく、アイスクリームと同じく、甘い関係にあります。
男女のベッドでの出来事を描いているとしか思えないのですが、直接的にではなく、五感に訴えながら情景を描写する手法は見事です。
タイトルになっている「満月の夜なら」。丸い満月は、アイスクリームのようにも見える…というのは考え過ぎですかね。
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