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Base Ball Bear「CRAZY FOR YOUの季節」とはどんな季節か?


目次
イントロダクション
独創的な比喩表現
歌詞のなかの人間関係
「CRAZY FOR YOUの季節」とはどんな季節か?

イントロダクション

 「CRAZY FOR YOUの季節」は、Base Ball Bearの楽曲。作詞作曲は小出祐介。2006年11月29日発売のメジャー1枚目のアルバム『C』に収録。

 「Introducing Album」(イントロデューシング・アルバム)として、2006年1月12日に発売された『バンドBについて』にも、別バージョンが収録されています。

 この時期のBase Ball Bearは、バンドがまるで歯車のぴったり合った機械のように、有機的かつパワフルにグルーヴしているのが好きです。

 さらに、この曲に関して言えば、バンドの疾走感と共に、歌詞も目眩がするぐらいにイメージが次々と飛び込んできます。音にも言葉にもフックが無数にある、息もつかせぬ1曲です。

 疾走感あふれるバンドのアンサンブルと、独創的なイマジナティヴな言葉が次々に押し寄せる歌詞の世界観。その情報量の多さに圧倒されてしまいますが、彼らの音楽は聴きこめば聴きこむほど、読み込めば読み込むほどに、魅力がにじみ出てきます。

 特に「CRAZY FOR YOUの季節」は、言葉の使い方が独創的です。今回は、この曲の歌詞について分析、考察してみます。

 そして、最終的には「CRAZY FOR YOUの季節」というのが、どんな季節なのか、僕なりの解釈を示したいと思います。

独創的な比喩表現

 曲を再生すると、イントロから疾走感あふれる演奏が繰り広げられます。リズム・セクションと2本のギターが、ひとつの塊のように迫ってくるイントロから、徐々に各楽器が分かれて、曲が加速していく展開。

 そんなスピード感あふれるバンドのアンサンブルに乗って歌われる歌詞も、イマジネーションを喚起させる言葉を、次々と聴き手に投げてきます。

海みたいな彼女が笑った

 引用したのは、歌い出し部分の歌詞です。この曲の歌詞は、語り手が「彼女」との関係および自分の感情を、語っているのだと推測されます。「海みたいな彼女」と、スタートから早速「彼女」が出てきます。

 ここでは「海みたいな」という比喩表現が使われていますが、これはどういう意味でしょうか。「海」という単語から広がる連想は、それこそ無数にありそうですが、思いつくままに書き出してみても「とてつもなく大きい」「真っ青な美しい海」「溺れてしまいそうで怖い」など、様々なイメージに繋がります。

 「海みたいな彼女」というのは、上記のように多層的な意味を含んだ表現で、リスナーそれぞれに違ったイメージを引き起こすのではないでしょうか。

 しかし、共通するイメージもあり「理解できないほど大きい」「美しいけど怖い」など、海という言葉そのものが持つ広さと比例して、「海みたいな彼女」という表現も、リスナーに多種多様な意味を伴って迫ってきます。

一口齧った檸檬が成る街で

 上記に引用したのは、歌い出しに続く歌詞です。こちらも聴き手の注意をひきつける、聴き慣れない言い回しが使われています。

 「かじった」を「齧った」、「レモン」を「檸檬」と、漢字を多用しているところも気になりますが、ここでは引用部全体でなにを表しているのかを、検討したいと思います。

 レモンをかじると、当然のことながら強い酸味を味わうことになります。そんな「一口齧った檸檬が成る街」というのは、顔をしかめるほどの酸味を伴った、しかも既にかじってしまったので、後戻りすることはできない、ということを意味しているのではないかと思います。

 歌詞には具体的に記述されていませんが、失恋の酸っぱさと、すでに結果が出てしまったことの不可逆性、そのようなメッセージがこの歌詞にはこめられているのではないでしょうか。もちろん作詞した小出さんの本意がどうであるのかは分かりません。

 しかし、このような解釈の楽しみをリスナーに与えてくれるところも、この曲の魅力のひとつであるのは、事実だと思います。

歌詞のなかの人間関係

 では、次に歌詞のなかの人物たちの、人間関係を整理したいと思います。前述したとおり、まず語り手と「彼女」が存在します。

眠りの森 あの2人抜け出して 空中都市へ逃れ消えていった

 引用したのは2連目の歌詞の1行目。ここで「あの2人」と出てきます。「あの」という表現から、この「2人」には語り手が含まれていないことが示唆されます。さらに「眠りの森」「空中都市」という非日常的な表現が使用されています。

 この引用部から想像できるのは、語り手が思いを寄せていた「彼女」は、他の誰かのところに行ってしまった、ということ。語り手と「彼女」がクラスメイトなのか、どういう距離感の知り合いなのか、詳細は明言されません。

 しかし、クラスメイトだったと仮定して、「彼女」が遠くに引っ越すなど、物理的に遠くに行ってしまった、という意味ではないはずです。「空中都市」というのは、物理的な距離ではなく、精神的な距離、つまり語り手の「彼女」への思いは、もう叶わないことが確定してしまった、ということを表しているのではないかと思います。

 そのように語り手と「彼女」の関係性を仮定すると、その後の歌詞に出てくる「口笛は重く響く」「クリティカルな感傷」といった表現も、よりリアリティをともなって響くのではないでしょうか。

「CRAZY FOR YOUの季節」とはどんな季節か?

 それでは、一気にサビの歌詞まで移動したいと思います。タイトルの「CRAZY FOR YOUの季節」という表現は、サビの歌い出しの歌詞にもなっています。ここでは、この曲の最後のサビ部分を引用します。

CRAZY FOR YOUの季節が ざわめく潮騒の様で
氷漬けの気持ちを溶かして 海みたいに彼女が笑った

 引用部2行目には、歌い出し部分の歌詞にもあった「海みたい」という表現が繰り返されています。こちらの引用部は、語り手が「彼女」をあきらめようと気持ちを「氷漬け」にしていたのに、「彼女」が笑ったことで、かつての感情がよみがえってきてしまった、ということでしょう。

 英語で「crazy for」というと、何かが欲しくてたまらない、好きで好きでたまらない、という意味。これまでにも多くの歌で使われてきた表現でしょうが、「crazy for you」というのは、あなたが好きで好きでしょうがない、という意味です。

 そんなクリシェ化した表現に「季節」という言葉を組み合わせ、季節の移り変わり、2人の関係性の移り変わり、自分の感情の移り変わり及びざわめき、を並行させながら鮮やかに語っていく「CRAZY FOR YOUの季節」の歌詞は、間違いなく優れた歌詞であると言えます。

 具体的な「2月」や「春」といった季節ではなく、感情のざわめきを前景化するために、「CRAZY FOR YOUの季節」としたのでしょう。

 語り手の心がざわめき、揺れる季節が「CRAZY FOR YOUの季節」です。この曲は、青春時代のその季節にしかありえない感情を、見事に描き出した曲であると思います。

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Base Ball Bear「すべては君のせいで」には青春の全てが詰まっている


 「すべては君のせいで」は、Base Ball Bearの楽曲。作詞作曲は小出祐介。2017年4月12日発売のメジャー7枚目のアルバム『光源』に収録されています。

 青春には、甘酸っぱくキラキラした面もありますが、その裏にはこの時期特有の影も存在します。Base Ball Bearというバンドは青春をテーマにしながらも、その光だけではなく影の部分もフェアに描写するところ、しかも1曲のなかにその両面をおさめるところが、本当に信頼できます。

 「すべては君のせいで」も、まさに青春のリアリティが詰まった1曲。この論では、この曲が持つ両面性と、表現における優れた技巧について、考察していきたいと思います。

状況説明の巧みさ

 小出さんの書く歌詞は状況説明が巧みで、いつもハッとさせられます。「状況説明」と書いてしまいましたが、この表現はちょっと不適切で、正確にいうと説明的ではないのに、少ない言葉で、具体的な状況や繊細な感情を描き出すことに、成功しているということです。

ある日突然 幽霊にされた
僕を置き去りに今日も教室は進む

 引用したのは歌い出し部分の歌詞。いきなりいじめを連想させるような表現に、耳を奪われます。「教室」という言葉ひとつで、この曲の舞台が学校であることが分かりますし、「幽霊にされた」「僕を置き去りに」という表現からは、いじめの質が見えてきます。

 たった2行で、語り手である「僕」の状況が詳細に描き出されるその手法は、見事としか言いようがありません。しかも、音楽的にはセブンスを含んだ四和音を多用し、コードのヴォイシングもサウンド・プロダクションも、非常に凝った耳触りのオシャレなもの。

 そんなサウンドとは裏腹に、イントロから「幽霊」という印象的な言葉を使いながら青春の暗い面を描き、リスナーを曲の世界観に引き込んでいきます。

「君」の存在

 前述したように、最初の2行では暗い学校生活のイメージが提示されます。それでは、この曲は青春の暗さを歌った曲かといえばそうではなく、続く歌詞で「君」が登場します。「すべては君のせいで」というタイトルのとおり、これ以降は一貫して「君」のことが歌われます。以下は、サビ部分の歌詞の引用です。

すべては君のせいで 毎日が眩しくて困ります
すべては君のせいで ああ、心が♯していきます

 暗く辛そうなAメロ部分とは打って変わって、「君」の眩しさが歌われています。また、「幽霊にされた」学校生活とのコントラストで、「君」という存在の眩しさが、より際立っています。

 しかし、歌詞の中で「僕」と「君」の関係性に進展があるのかというと、そうではなく、「毎日が眩しくて困ります」というフレーズにも集約されているように、ひたすら「君」の眩しさが歌われていきます。青春時代の甘酸っぱい淡い恋心。その感情が、この曲には完璧にパッケージされていると言えるでしょう。

 引用したサビ部分の歌詞にも、感情をあざやかに描き出した表現があります。それは「心が♯していきます」という部分。

 ♯(シャープ)とは音程を半音上げる記号のことですが、1音上がりきるのではなく半音というところに淡い心が感じられますし、♯という記号を歌詞の中で文字通り記号的に使い、リスナーのイマジネーションを刺激しているところにも、全く無駄がありません。

 ここでも、「僕」の感情をこまかに説明しているわけではないのに、どのような心情なのか、手に取るように伝わります。

 このような効果的な表現が、この曲の中にはいくつもあって、例えば2番のAメロには、次のフレーズが出てきます。

君が微笑む みんなの輪の中で
たまらなくなって ハードロック雑誌に目を落とす

 「ハードロック雑誌」という一言で、「僕」の性格や趣味など、人間描写の精度が著しく高まっています。また、引用部では時間設定は明らかにされていませんが、休み時間中に「君」はみんなの輪の中にいて、「僕」はひとり席に座ってハードロック雑誌を読んでいる様子が自ずと想像でき、ドラマのワンシーンのようなイメージが目の前に広がる感覚があります。

 また、この曲では「君」の存在がメイン・テーマとして歌われていくわけですが、「君」の具体的な描写は、容姿の面でも性格の面でも全くありません。強いて言えば「自転車通学のヘルメットありの」という部分でしょうか。

 しかし、この部分も髪型やファッションを描写しているわけではなく、あくまで制服の一部のようなものです。「君」のことを細かく描写しないことで、ますます「君」の眩しさ、言い換えれば神性が高まり、青春時代の甘酸っぱい一方的な恋心を、浮かび上がらせているのではないかと思います。

青春の二面性

 以上のように、導入部ではいじめを連想させるような描写、そしてその後は「君」の眩しさを歌っています。そこには、学校になじめない憂鬱から、眩しさに目がくらむだけの恋心まで、青春という病理が抱える光と闇が共に含まれています。

 音楽的にも、疾走感溢れる8ビートで走るのではなく、メンバー同士で高度なコミュニケーションを楽しむようなグルーヴが、歌詞と見事に調和しているのではないかと思います。言葉と音がひとつになることで、明るさと暗さの中間を表現できるのが音楽の魅力であると、あらためて教えてくれる1曲です。