Boards Of Canada『Music Has The Right To Children』


ボーズ・オブ・カナダ 『Music Has The Right To Children』
Boards Of Canada – Music Has The Right To Children

アルバムレビュー
発売: 1998年4月20日
レーベル: Warp, Matador

 『Music Has The Right To Children』は、スコットランドのエディンバラ出身のユニット、ボーズ・オブ・カナダの1998年発売のアルバム。イギリスではワープ・レコーズ(Warp)、アメリカではニューヨークのインディーズ・レーベル、マタドール(Matador)より発売。ワープ・レコーズから発売された1枚目のアルバムであるが、これ以前にも自身のレーベルであるMusic70と、イギリスのインディーズ・レーベルSkam Recordsより、作品をリリースしている。

 エレクトロニカを代表する2人組ユニット、ボーズ・オブ・カナダ。エレクトロニカというジャンル、および彼らの音楽性を一言であらわすなら「ダンス要素のないテクノ」と言ったところでしょうか。もちろん、このようなジャンル分けや説明は単純化が過ぎますが、彼らの音楽性を言語化するうえで、遠くはない表現です。

 ボーズ・オブ・カナダの音楽には、一般的なポップソングが持つような形でのメロディー、リズム、和声進行がありません。というと非常に実験的で、取っつきにくい音楽のような印象を与えるかもしれませんが、むしろ確固とした形式を持つ曲よりも、サウンド自体が前景化され、各人が自由に楽しめる音楽という一面もあると思います。

 ただひたすらサウンドが持つ心地よさに身を委ねたり、ダンスとは違った意識でリズムを追ってみたり、目を閉じて音楽からイメージされる風景を想像したり、と自由に楽しめる余地があるということです。

 1曲目「Wildlife Analysis」から、柔らかなサウンドのなかを、羽が漂うようにメロディーらしきものが聞こえてくる、不思議なオーラとサウンド・プロダクションを持ったアルバムです。電子音であるはずなのに、なぜだか暖かみと懐かしさを感じる音色。シームレスに繋がる2曲目の「An Eagle in Your Mind」では、ビートも入ってきますが、いわゆる四つ打ちとは真逆で、定型的なリズム・フィギュアを持ちません。

 6曲目「Sixtyten」も、比較的はっきりしたドラムのリズムに絡み合うように、様々なサウンドが気まぐれに鳴り、時には広がるような不思議な音空間。人によっては、怖いと感じたり、かわいいと感じたりするかもしれない、サウンド・プロダクションの1曲です。1分にも満たない8曲目「Kaini Industries」では、メロディーのような、音階のような音の動きが心地よく響きます。9曲目「Bocuma」は、暖かみのあるメロディーとサウンドが、広い空間に広がっていくような1曲で、心がほっと落ち着きます。

 ここまで書いてきたのは、あくまで僕が聴いたうえでの感想です。このアルバムの魅力は、一般的なポップ・ミュージックのフォームを採用しないことで、リズム、メロディー、サウンドといった音楽を構成する要素を相対化し、リスナーに楽しみ方の自由を与えてくれているところにあります。

 音楽の各要素がメロディーやリズムのように分離することなく、すべてが溶け合い、公平に音楽を作っているとも言えます。また、曲にはそれぞれイマジナティヴなタイトルが付けられていますので、タイトルのイメージと実際の音を結びつけながら聴いても、楽しみ方が広がると思います。

 このアルバムには、音楽の聴き方を自分で探すような楽しみもあります。メロディーと歌詞を追う、8ビートのリズムに乗る、というような楽しみ方ではなく、サウンドに身を委ねながら、今までに気づくことのなかったリズムやサウンドの魅力に出会えることがあります。

 ぼーっと聴き流すこともできますし、サウンドに没頭しすぎてトリップするような感覚に陥ることもあります。少なくとも僕は、この作品およびボーズ・オブ・カナダに出会い、音楽の聴き方が確実に更新されました。興味を持った方はぜひ聴いてみてください。