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BiSH「BiSH -星が瞬く夜に-」歌詞の意味考察 「化け物」は誰を指す?


目次
イントロダクション
歌詞の世界観
アイドルの命は如何に?
「化け物」は誰?
キツネちゃんたち
結論・まとめ

イントロダクション

 「BiSH -星が瞬く夜に-」は、WACK所属のアイドル・グループ、BiSHの楽曲。作詞は、BiSH・JxSxK・松隈ケンタ。作曲は松隈ケンタ。

 2015年リリースの1stアルバム『Brand-new idol SHiT』、2016年リリースの2ndアルバム『FAKE METAL JACKET』に収録されています。

 曲名にグループ名である「BiSH」が入っていることからも示唆されますが、BiSHの代表曲のひとつと言える曲です。

 歌詞の内容も「楽器を持たないパンクバンド」を掲げる彼女たちらしい、風刺に満ちたもの。

 いわゆるアイドルが歌う楽曲にしては、言葉づかいも少々口汚く、アイドルの常識へのカウンターを狙う、BiSHらしい楽曲とも言えます。

 歌詞のなかで、僕が特に注目したいのは、サビに出てくる「化け物」というワード。この「化け物」が誰を指すのか。

 結論から言ってしまうと、この曲を歌っているBiSH自身であり、アイドルを指しているんだと思っています。

 アイドルも人間であり、人間なら誰もが持つ汚さを晒すために、「化け物」という印象的なワードを使ったんじゃないかなと。

 そんなわけで、僕なりの「BiSH -星が瞬く夜に-」の歌詞の解釈を、これからご紹介したいと思います。

歌詞の世界観

 では、実際に歌詞では、どのようなことが歌われているのか。

 具体的なストーリーを伴っているわけではなく、とにかく疾走感を重視した歌詞です。

 「僕」や「君」などの代名詞も使われず、ひたすらに語り手が、言葉をマシンガンのように弾き出していきます。

 前述したとおり、内容には社会風刺を含んでおり、社会の人間のウソを露わにしたい、全てぶっちゃけたい、という意志が感じられます。

 例えば、歌い出しとなる1番のAメロ1連目では、下記のように歌われます。

ああ嫌い oh やめにしない? ハッタリばかり
oh 幾千のここはまるでパラダイス?

 1行目は、嘘とごまかしに溢れた世界に対しての発言なのでしょう。語り手はハッタリばかりの人たちと世界に、ウンザリしているのです。

 2行目の「パラダイス」とは、楽園のような場所という意味ではなく、あまりにもウソが多い社会に対しての、一種の皮肉だと考えます。

 その後に続く2連目でも、アグレッシヴで疾走感に溢れた言葉が続きます。1番のAメロ2連目の歌詞を、以下に引用します。

間違い 算数苦手な学生たちが oh あくせくと 電卓たたく世界

 1連目以上に、ダイレクトな社会風刺と言えます。向き不向きに関係なく、画一的な人間になることを求められる社会。さらには、無能と思われる人物が、組織の上位に立つような社会を、意図してるのだと思います。

 歌い出しとなる、1番Aメロの歌詞を抜粋してみると、勢いと風刺に溢れた言葉が続いています。

 具体的なストーリーよりも、初期衝動をそのまま言葉に変換したかのような歌詞、とも言えるでしょう。

アイドルの命は如何に?

 その後に続くBメロには、「アイドル」というワードが登場。少しだけ、具体性を増します。

 1番Bメロの歌詞を、以下に引用します。

ギンギンに拡散なされたアイドルの命は如何に?

 上記の「命」の読み方は、「いのち」ではなく「めい」。おそらくは、使命の意味で使われているのだと想定できます。

 「ギンギンに拡散なされた」とは、SNS等での拡散によって、それなりの知名度を得たということ。炎上を利用するBiSH自体を、連想させる言葉でもあります。

 上記引用部をまとめると、拡散によって注目を集めることに成功したアイドルは、その後なにを目指すべきか、という意味でしょう。

 では、歌詞で問いかけられているとおり、アイドルの使命とは何かについて、考えてみます。ヒントとなるのは、その後に続くサビの歌詞。

 1番のサビ1連目の歌詞を、以下に引用します。

行かなくちゃ 化け物だって 気にすんな
星が瞬く夜に keep my face あどけない
そりゃね 決定からの速さは異常だし

 2行目の「keep one’s face」とは、そのままの顔、あるいは真面目な顔を保つという意味。

 そこから逆算すると、1行目の「行かなくちゃ 化け物だって 気にすんな」とは、体裁とか細かいことは気にせず、とにかくステージに立て!という意味ではないでしょうか。

 つまり、直前のBメロの歌詞を合わせると、注目を集めることに成功したんだから、とにかくステージでやりたいようにやっちまえ! それがアイドルの使命!ということです。

「化け物」は誰?

 ここで、僕が注目している「化け物」というワードが出てきましたね。

 先述のとおり、僕はこれをBiSH自身、およびアイドルを指していると仮定しました。その理由をご説明します。

 まず、先ほど解釈したとおり「化け物だって 気にすんな」は、体裁なんて気にするな、という意味。ここでの「化け物」とは、人には見せられない状態をあらわす言葉だと考えています。

 人に見せるべきではない、化け物のような状態。それを「化け物」という一言で、あらわしているわけです。

 これは何も、ノーメイクで人前に立つというような、見た目だけの話ではなく、過激な言動やパフォーマンスも含めているのでしょう。

 したがって、「化け物だって 気にすんな」とは、人にどう思われるかなんて気にするな、という意味。

 その後に続くサビ2連目にも、同じく「化け物」というワードが出てきます。以下に引用します。

言わないで 化け物だって 気にすんだ
星が瞬く夜に keep my face 裏返しでも なんでもいいよ
すぐ欲しがりだね 行っちゃうの?

 今度は「気にすんな」に代わって、「気にすんだ」と綴られています。

 上記1行目を解釈してみましょう。「言わないで」の主語はハッキリしませんが、おそらくファンも含めた世間の声。

 それを踏まえて意訳すると、いくらステージで無茶苦茶なことをやっていても、ネガティヴな言葉は気にする。だから、厳しい言葉は言わないでほしい、ということです。

 つまり、ここでは「化け物」がアイドルとイコールで結ばれています。

キツネちゃんたち

 「化け物」と同じく、アイドルを指すと思われる言葉が、もうひとつ出てきます。それは「キツネちゃんたち」。

 2番のAメロ2連目の歌詞を、以下に引用します。

正解 嘘つきだらけ問題ありの キツネちゃんたちも
ここに来ればパラダイス!

 1番のAメロでも、嘘にまみれた社会を風刺する言葉が並んでいましたが、上記2番のAメロも同様。

 「キツネちゃん」とは、歌詞にもあるとおり「嘘つきだらけ問題ありの」人間を意味しているのは明白です。

 では、その後に繋がる「ここに来ればパラダイス!」とは、どういう意味でしょうか。

 問題ありの人間でも、アイドル現場に来れば楽しめる、とも取れます。

 しかし同時に、問題ありの人間でも、アイドルになることができる。社会には馴染めなくても、アイドルになれば居場所ができる、という意味にも取れます。

 僕が後者の解釈に思いあたった理由は、民間伝承ではしばしばキツネが女性に化けるため。

 歌詞には確定的に書かれていませんが、「キツネちゃん」はアイドルを指していると、僕は考えています。

結論・まとめ

 以上「BiSH -星が瞬く夜に-」の歌詞を、「化け物」というワードに注目しながら、読みといてきました。

 冒頭にも書いたとおり、この曲における「化け物」は、語り手であるアイドル自身を示す、というのが僕の出した結論。

 この曲は、新生クソアイドル(Brand-new idol SHiT)をグループ名とする、BiSHのコンセプトとも重なり、自分たちの無様な部分も晒すことを歌っています。

 終盤の歌詞には、以下の一節があります。

ギンギン好奇心の目たち クソの命は如何に?

 それまでは「アイドルの命」という歌詞だったのに、アイドルが「クソ」に入れ替わってしまいました。

 クソを自称し、クソな部分も晒す。それがパンクの初期衝動にも近く、聴き手の感動と共感を生むのでしょう。

 最初にも書きましたけど、曲名にも「BiSH」と入っていますし、彼女たち自身のアンセムのような曲なんでしょうね。

 ちなみにミュージック・ビデオはクソまみれで、なんというか凄まじいです(笑)

 ただ、歌詞の内容にも合っていて、テクニックよりもアティチュードだ!って初期衝動で突っ走るパンク感が、ものすごく出ている映像だと思います。

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BiSH「本当本気」歌詞の意味考察 「僕」と世界の対立構造


目次
イントロダクション
「僕」は誰と戦う?
17歳と20歳
疑問文を使った意味
僕vsあの子
結論・まとめ

イントロダクション

 「本当本気」は、WACK所属のアイドルグループ、BiSHの楽曲。2016年10月5日リリースの3rdアルバム『KiLLER BiSH』に収録されています。

 作詞を担当したのは、メンバーのアユニ・D。タイトルの読み方は「ほんとうほんき」です。

 まず気がつくのは、歌詞のアグレッシヴな言葉づかい。まさに、楽器を持たないパンクパンドかくあるべし!という曲に聞こえます。

 内容的にも、自身の価値観を訴えていて、アグレッシヴと言っていいでしょう。

 ロックやパンクでメッセージ・ソングと言えば、大人と子供の対立を描くことが、たびたびあります。

 「本当本気」でも、語り手である「僕」と、他者との対立をテーマとしています。ただ対立構造は、大人vs子供の世代による対立ではなく、価値観による対立なんです。

 若者の立場から、大人を仮想敵とした、よくある世代間の対立構造を利用せしないのが、この曲の特異なところ。

 そして、価値観による対立を設定することで、よりメッセージ性が引き立つ効果を生んでいるんじゃないかと。

 そんなわけで、曲中における対立構造に注目しながら、「本当本気」の歌詞を読みといてみたいと思います。

「僕」は誰と戦う?

 世代間闘争ではないものの、この曲には対立構造が存在すると書きました。では、それは誰と誰の対立なのか。

 答えは歌い出しの歌詞に、記述されています。以下に引用します。

みんなが僕をバカにすんだ なめんな

 大人vs子供どころか、僕vsみんな。世界のすべてを敵視したような対立関係です。

 大人どころか世界にツバを吐くような態度は、大人を仮想敵とするより、よっぽど厨二病的とも言える思考ですが、敵を大きく設定することで「僕」の価値観にフォーカスし、より強調する結果にもなっています。

 「みんな」が誰を指すのか、具体的には書かれていませんが、常識的な言葉で説教してくる人全般ということでしょう。

 いずれにしても、「僕」と「みんな」の対立が宣言され、曲がスタートします。

17歳と20歳

 世代間の対立を描いてはいないのですが、歌詞には、ふたつの年齢が出てきます。それは17歳(seventeen)と、20歳(twenty)。

 差は3年しかありませんが、前者が高校生が想定される年齢であるのに対して、後者は成人した年齢であり、大きな差異が感じられる年齢差となっています。

 例えば同じ3歳差でも、23歳と26歳、55歳と58歳などであったら、これほどの印象の差は生まれないでしょう。

 わずか3年の差で、大きな意味の差異をもたらす17歳と20歳。では、これらふたつの年齢を用いて、どのような内容が語られるのか、確認しましょう。

 まず、17歳について。1番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

もうやりたいことやれずに
ああいつになったならやりますか?
学校でやってやるんです
seventeen まだseventeen
ああ消したい事殺れずに
じゃあいつになれば殺れます?
大きくなって求めるんだ
seventeen まだseventeen’S OK??
まだseventeen

 上記引用部では、まだ17歳であるがために、できない事柄が多いと記述されます。

 それに対して、2番では年齢が3つ上がり、20歳になっています。1番の歌詞と対比させるなら、年齢が上がって成人を迎えることで、17歳のときにはできなかった事が、できるようになるのでは、と予想できます。

 では、実際に歌詞では、どのように展開するのか。2番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

言いたいことも言えずに
じゃあいつになれば言うんですか??
会社で言ってやるんです
twenty もうtwenty
死にたいことも癒えない
じゃあいつになれば癒える?
大きくなって求めるんだ
twenty もうtwenty だった
だってtwenty

 予想に反して、20歳になったけれども言えないことが多い。いったいいつになったら言えるのか、という内容が記述されています。

 つまり両者の内容を合わせると、いくつになっても禁止される事柄があるということ。年齢が上がったからといって、自動的に自由になれるわけではないということです。

疑問文を使った意味

 先ほどの引用部を含めて、歌詞にはクエスチョンマークで閉じられる、多くの疑問文が出てきます。

 これが何を意味するのか、検討しましょう。1番のサビの歌詞を、以下に引用します。

本気出すのは今ではない
嘘じゃない 知ってた?
能ある鷹はね爪隠すの
頭がおかしくなっちゃっても
クズじゃない 知ってた?
ここでやめちゃだめでしょ
to die or 生

 確認してみると、いずれの疑問文も前言を確認していることが分かります。疑問文を投げかけられた相手はハッキリしませんが、それは重要ではありません。

 重要なのは「僕」が自分の意見を持っていることが、強調されている点。そして、世間の一般的な考え方に対するカウンターとなっている点です。

 つまり「本気出すのは今ではない 馬鹿じゃない 知ってた?」という疑問文には、「今、本気を出さないやつは馬鹿だ」という思考へのカウンターが含意されており、「僕」が疑問を投げかける相手は、そのような思考を持つ人すべてということ。

 世間一般に対する疑問と言い換えても、いいかもしれません。まとめると、いずれの疑問文も「僕」の意志を、強調する効果を生んでいます。

 また、引用部ラスト「to die or 生」の「生」は、セイと発音されています。英語の「say」を連想させる発音であり、自分の本当の気持ちを言うことが、生きる事と同じぐらい重要である、という「僕」の強い意志があらわれた一節です。

僕vsあの子

 この曲の対立構造は、あくまで価値観においての対立であり、世代間の対立ではない、と先述しました。

 それが強調される歌詞が、2番のサビ後に出てきます。以下に引用します。

あの子がさほざいてた
人はいつか死ぬと
本当に本気を見せないと

 「あの子」とは同級生を想定しているのでしょう。少なくとも世代を隔てた大人ではありません。

 「ほざいてた」という言い回しからは、語り手の反発心があらわれています。つまり「あの子」に反論するのと同時に、そんなもっともらしい言葉で説教されなくても、自分の意思を持っているということでしょう。

 上記引用部から、感想を挟んで、3回目のサビへと入ります。当該部分には「僕」の思考が、もっとも端的にあらわれています。以下に引用します。

生きたいようにもう生きずに
じゃあいつになれば生キル??
いまから生きてやるんだそう
KODOMOでも OTONAでも無い
BOKUだから

 大人や子供をいった年齢のカテゴリーによって、自分の行動を決めるのではなく、自分の信念に従う。そうした「僕」の意志が、はっきりと表明された部分だと言えるでしょう。

結論・まとめ

 以上、対立構造に注目しながら、「本当本気」の歌詞を読みといてきました。

 冒頭にも書いたとおり、この曲の特異な点はその対立構造。世代による対立ではなく、価値観による対立を描くことで、メッセージ性をより際立たせています。

 「みんなが僕をバカにすんだ」という一節に集約されていますけど、自分には味方がいないという前提と、世界に向けてツバを吐くような態度も、内省的でいかにもロック的だなと思います。

 同時に厨二病的とも言えるのかもしれませんが。僕自身は厨二病的な価値観を引きずったままのダメな大人なので、「本当本気」の歌詞が響きまくって仕方がないです。

 ちなみにこの曲にハマるきっかけは、私立恵比寿中学の中山莉子の生誕ソロライブ。中山さんがこの曲を、ライブでカバーしてたんですよね。

 彼女の芯の強さを感じさせる、すばらしいカバーでした。

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BiSH「プロミスザスター」歌詞考察 「プロミスザスター」が意味するものとは?


目次
イントロダクション
登場人物とテーマ
「僕」の感情
「未来」と「君」を待つ意味
「プロミスザスター」の意味
2番での展開
結論・まとめ

イントロダクション

 「プロミスザスター」は、2017年3月22日にリリースされた、BiSHの3枚目のシングル。2017年11月リリースの4thアルバム『THE GUERRiLLA BiSH』にも収録されています。

 作詞は松隈ケンタとJxSxK。作曲は松隈ケンタ。

 「楽器を持たないパンクバンド」を肩書きとして活動しているBiSH。なにがパンクで、なにがアイドルかを定義するのが目的ではないので深い入りはしませんが、「プロミスザスター」の歌詞も、いわゆるアイドル歌謡からは離れた、エモーショナルなもの。

 具体的には、リスナーを言葉で応援するのではなく、自らの無様な姿を晒して、共感を得るような歌詞なんです。言葉で語るのではなくて、傷ついた姿を晒すことで、態度で語ると言い換えてもいいでしょう。

 直接的にリスナーを応援するわけではないのですが、「悩んでるのは君だけじゃないよ」と、同じ立場に立って語りかけてくるような、共感性を持った歌詞です。

 では、どのような内容が歌われ、リスナーの共感を得ているのか。この曲の歌詞を、読み解いてみたいと思います。

登場人物とテーマ

 最初に、歌詞に出てくる登場人物を確認しましょう。歌詞を見渡すと、出てくるのは語り手である「僕」と「君」。「僕」が語る内容が、歌詞になっています。

 それでは、歌詞のテーマは何か。「僕」と「君」が出てきますが、両者の具体的なストーリーを語った、いわゆるラブソングではないことが分かります。

 この曲でフォーカスされるのは、人間関係やストーリーではなく、「僕」の感情。特に、悩みや痛みといった感情が、綴られていきます。

 では、具体的にどのような感情が綴られていくのか。歌詞を順番に検討していきましょう。

「僕」の感情

 まずは1番の歌詞から、「僕」の感情を確認していきます。Aメロの歌詞を、以下に引用します。

どのくらい歩いてきたんだろう
怯えて過ごす毎日だった
勘違い我儘一太刀
僕らを引き裂いてた

 上記引用部からは、「僕」が何かしらの不安を抱えていることが分かります。

 1行目の「どのくらい歩いてきたんだろう」からは、不安を抱え始めてから、時間が経っていること。2行目の「怯えて過ごす毎日」からは、不安な気持ちが深く、しかも持続していることも判明。

 3行目から4行目の「勘違い我儘一太刀 僕らを引き裂いてた」からは、怯えて毎日を過ごす原因となったのが、「勘違い」と「我儘」であることが明らかにされます。

 「僕ら」と複数形になっているのは、「僕」と「君」を引き裂いた、と解釈できます。ハッキリとは記述されませんが、「僕」が心に傷や不安を持っていることは、伝わる歌い出しと言えるでしょう。

 続いてBメロの歌詞を、以下に引用します。

散々眺めた夢の続きが
そうさ
傷跡に塩を塗り込んでく

 上記引用部からは、「僕」の傷の原因が、夢が叶わなかった事にあると示唆されます。

 「散々眺めた夢の続き」が、「傷跡に塩を塗り込んでく」というのは、夢を思い出すことが「僕」にとっては苦行だということ。つまり、実現することのなかった夢を思い出すのは、辛いということです。

 「夢の続き」とあるので、ある時点までは追いかけていましたが、その途中で諦めてしまった、とも考えられます。

 Bメロでも、具体的に「夢」が何を意味するのかは記述されませんが、「僕」の傷を持った感情が伝わります。

「未来」と「君」を待つ意味

 「僕」の傷ついた感情が記述されたAメロとBメロ。そして、サビでは以下の言葉が続きます。1番のサビの歌詞を、以下に引用します。

だから僕は待って待って
未来を待って立って
ずっと生きてるって感じてたかったから
だから君を待って待って
未来は待って待って
きっと巡り合った僕らは奇跡なんだ
どれだけ話せばわかってくれる?
don’t you think every time
あの空を染めてけ
プロミスザスター

 上記引用部は、「だから」という理由を表す接続詞から始まります。つまり、AメロとBメロで語られた内容を理由として、サビの歌詞に繋がっていくという事です。

 そして、サビの歌詞は「僕」が「未来」と「君」を待つという内容。Bメロまでの歌詞の内容も振り返りながら、サビの歌詞を確認していきましょう。

 まずAメロとBメロでは、「僕」が心に傷を持っていることが示唆されました。サビでは、その傷を理由として、「未来」と「君」を待つと綴られています。

 以上を踏まえて、引用部1〜2行目の「だから僕は待って待って 未来を待って立って」を解釈すると、傷が癒えるのを待っているように思えます。

 3行目には「ずっと生きてるって感じてたかったから」と、待っていた理由を示す言葉が続きます。引用部5行目までをまとめると、心に傷を持った「僕」は、生きてることを感じるために、「未来」と「君」を待った、ということ。

 そして6行目には「きっと巡り合った僕らは奇跡なんだ」と続きます。この一節は、傷の理由が「僕」と「君」の関係性にあることを示唆します。

 「僕」は「君」は以前は一緒に時間を過ごす関係であり、「僕」は今も一緒にいたい、出会ったことを奇跡だと思っている。しかし、今はすれ違った状態にあるということ。思い返すと、Aメロには「僕らを引き裂いてた」という一節が出てきました。

 7行目の「どれだけ話せばわかってくれる?」は、「僕」が再び「君」と一緒にいることを願い、「君」に対してかけた言葉なのでしょう。

 ここまでのサビの歌詞をまとめると、「僕」が「君」と「未来」を待つのは、再び「君」と一緒にいられる時間を望んでいる、ということです。

「プロミスザスター」の意味

 では、引用部ラストに出てくる、タイトルにもなっている「プロミスザスター」は、どういう意味でしょうか。英語の「promise the star」だと仮定すると、「promise」は約束するという意味。

 ただ「promise」の後には、文法的には約束する相手が入るべき。「promise」の後に「you」が省略されていると考えて、「君に星をあげると約束した」、あるいは星を人の見立てて、「星に約束をした」という意味でしょうか。しかし、後者の場合は、約束の内容が欠けてしまいます。

 また、英語の熟語で「promise the moon」というと、実現の可能性がない約束をすることを意味します。歌詞の中で提示された情報だけでは、確定的な答えを出すことはできませんが、実現可能性の低い、夢のような約束を「プロミスザスター」という言葉に込めた可能性もあるでしょう。

 個人的には、「プロミスザスター」とカタカナで表記されているので、そこまで英語の文法にこだわる必要はなく、「僕」の「君」を待ち続ける強い意志を、「星に約束しよう」程度の意味で使ったのではないかと思います。

2番での展開

 1番の歌詞では、「僕」が心に傷を抱えていること、その理由が「君」との関係にあること、「僕」は「君」との再会を望んでいることが、記述されてきました。

 2番に入っても、基本的には1番の内容を補強するかたちで、歌詞は進行します。1番の内容と重複する部分も多いので、重要と思われる部分のみピックアップし、考察していきます。

 まずは、2番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

どれくらい立ち止まっただろう
怯えて過ごす毎日だった
迷っては戻る過去たちが
僕らを追い越してく

 1番では「どのくらい歩いてきたんだろう」となっていたのが、上記2番では「どれくらい立ち止まっただろう」に代わっています。

 内容としては1番と同じく、時間の経過を表しているのでしょう。ただ、1番のサビで「未来を待って」と記述された後の言葉なので、1番からさらに時間が経った後の言葉とも考えられます。

 上記引用部3〜4行目の「迷っては戻る過去たちが 僕らを追い越してく」は、「僕」は過去のことを振り返るけれど、以前のようには戻っていない、「君」との関係を語っているのだと思います。

 続いて、2番のBメロの歌詞を、以下に引用します。

散々眺めた夢の続きが
そうさ
茜さす日々を照らしてく

 3行目以外は、1番のBメロと共通。1番では「夢の続き」が「傷跡に塩を塗り込んでく」と、夢が苦しい思い出として扱われていました。

 しかし上記2番では、日々を照らすものとして描かれています。この違いが意味するのは「僕」の心境の変化。1番では思い出すのが辛かった「夢」が、時間が経ち、良い思い出として、消化できるようになったということではないでしょうか。

 つまり、1番と2番で「僕」と「君」と関係性には変化がないものの、「僕」の心境には変化があり、前向きになれている、ということです。

結論・まとめ

 以上、BiSHの「プロミスザスター」の歌詞を考察してきました。最初にも書いたとおり、この曲の魅力は、無様な姿を晒しているところだと、僕は考えています。

 ロマンチックなラブソングでも、リスナーを応援する内容でもなく、ただ「僕」の剥き出しの感情を記述していく。しかも、その感情は痛みを伴ったものです。

 このように、本来はあまり人に見せたくない心の傷をテーマにし、ありのままに語るところが、BiSHのエモさの源泉のひとつだと思っています。

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BiSH「オーケストラ」歌詞の意味考察 オーケストラのように響き合う感情


目次
イントロダクション
「オーケストラ」の意味
「君」の不在
「僕」と「君」の関係
「語る声もオーケストラ」とは?
強調される「君」の不在
結論・まとめ

イントロダクション

 「オーケストラ」は、女性アイドルグループ、BiSHの楽曲。2016年10月5日リリースの3rdアルバム『KiLLER BiSH』に収録されています。

 作詞は松隈ケンタとJxSxK。作曲は松隈ケンタ。

 「楽器を持たないパンクバンド」を掲げて活動するBiSH。「オーケストラ」と名付けられたこの曲は、ストリングスも導入され、いかにもロックバンドがやりそうな、壮大な展開の楽曲となっています。

 「壮大」と言われても、何を言っているのかハッキリしませんよね。具体的には、アレンジもコード進行もメリハリがハッキリしていて、歌詞も人の繋がりという普遍的なテーマを扱っています。歌詞も音楽も、レンジが広いとも言えます。

 で、今日ここで扱いたいのは、この曲の歌詞についてです。前述のとおり、人との繋がりをテーマにした歌だと、個人的には考えています。

 BiSHのメンバーの歌唱も相まって、名曲のアウラが漂う1曲になっているので、その魅力の一端でも伝わるよう、この曲の歌詞の深さを考察し、ご紹介したいと思います。

「オーケストラ」の意味

 タイトルになっている「オーケストラ」という言葉。歌詞の中にも出てくるのですが、まずはこの言葉がどういった意味で使われているのか、検討しましょう。

 辞書などに載っている「オーケストラ」の文字通りの意味は、管弦楽あるいは管弦楽団のこと。もっと砕けた言い方をすれば、ストリングスとラッパと笛を備えた、大人数の演奏団体。

 しかし、BiSHの「オーケストラ」は、クラシック音楽を演奏する楽団のことを歌った曲ではありません。では、何を歌っているのか。結論から言ってしまうと、人と人の繋がりや、響き合う感情を歌っている、というのが僕の仮説です。

 前述のとおりオーケストラというのは、多くのメンバーがそれぞれ自分の楽器を担当し、ひとつの大きな作品を作り上げます。いわば、多くの人々が響き合うコミュニケーションであり、共同作業であるわけです。

 BiSHの「オーケストラ」は、この管弦楽団としてのオーケストラを、人間関係に照らし合わせ、響き合う感情を歌っているのではないか、と僕は考えています。

 では、この仮説に基づいて、実際の歌詞を読み解いていきます。

「君」の不在

 最初に、登場人物を確認しておきましょう。出てくるのは、語り手である「僕」と「君」。「僕」が「君」との過去を語っていくのが、歌詞の内容です。

 また、2人は過去には一緒にいましたが、現在は会えない状態にあるようです。

 2人はどのような関係であるのか、「僕」はどんな感情を抱いているのかが、少しずつ明らかになっていきます。まずイントロ部分の歌詞を、以下に引用します。

見上げたあの夜空に
浮かぶ星達
ふと君の声が
あの頃輝いてたかな?
今になっては
ずっと分からないまま

 引用部1行目から3行目は、「僕」が夜空を見上げていたら、ふと君の声を思い出した、ということでしょう。

 3行目の「あの頃輝いてたかな?」の、「輝いていた」の主語は何だと解釈すべきでしょうか。2行目の「星達」を主語として、以前「僕」が見た夜空に星は輝いてたか考えている、とも取れます。

 また、「あの頃」と期間がある程度の長さを帯びているため、「僕」と「君」が一緒に過ごしたかつての日々が、輝いていたかどうかを思い返している、とも解釈できます。

 個人的には、後者の解釈の方がしっくりくると考えていますが、重要なのは細かい内容よりも、「僕」と「君」は今では会えない状態であることが明かされている点。

 イントロで「君」の不在が印象づけられ、この後の歌詞も「僕」が「君」を回想するかたちで進行します。

「僕」と「君」の関係

 Aメロに入ると、2人のエビソードが断片的に語られていきます。「僕」と「君」は、友達なのか、恋人同士なのか。結論から言えば、歌詞の中にはハッキリと示されていませんが、恋人同士であったことが示唆されます。

 しかし、具体的に恋人だったかというステータスの問題よりも、「僕」にとって「君」はどんな存在だったか、どのように感情が動いたか、という点の方が重要なように、僕には思われるのです。

 それでは、2人の関係性と「僕」の感情がどのように動いたのか、という点を意識しながら、歌詞を考察していきます。

 1番のAメロの歌詞を、以下に引用します。

あの時
君がついた嘘
問いただせずに
泣いたあの坂道
この先
君と会えないの
離れ離れに
身を任せてた

 引用部の前半4行では、「君」の嘘が「僕」を傷つけたエピソードが綴られています。後半4行は、前半の嘘の結果として、2人は会えない状態になってしまったことが記述されています。

 7行目から8行目の「離れ離れに 身を任せてた」とは、特に行動を起こすことなく、2人の関係が平行線のまま、時間が過ぎるのを表しているのでしょう。

 続いて、1番のBメロの歌詞を、以下に引用します。

いつもの後悔が風に消えてく
誰にもみせないその姿を
もうちょっとだけ
見てたかったんだ
時がそっと睨んでいる

 上記引用部をまとめると、「僕」が行動を起こさず、「君」と会えないままになったのを、後悔しているということ。Aメロの歌詞の続きと言えます。

 一見すると、行動を起こさず、「君」との関係が好転しないAメロの内容を、繰り返しているようにも思えますが、明らかな違いがあります。それは最後の1行「時がそっと睨んでいる」の部分。

 Aメロでは時間の経過を「身を任せてた」と表現していました。対してBメロでは、「時がそっと睨んでいる」となっています。この表現からは、時間が過ぎることで、焦りや後悔の念が大きくなっていることが伝わります。

 また、引用部2行目から4行目の「誰にもみせないその姿を 見てたかった」という表現からは、2人が親密な関係にあったことが分かります。

 「君」には「僕」にしか見せない一面があった、それだけ心を許し、親密な関係だったという意味でしょう。

「語る声もオーケストラ」とは?

 ここまでの歌詞では「僕」と「君」が会えない状況にあること、「僕」はそれを後悔していることが、語られてきました。

 サビに入ると、「僕」のより感情的な言葉が綴られます。1番のサビ1連目の歌詞を、以下に引用します。

その手と手繋いで
笑いあった声
忘れはしないよ
こんなにも流してた涙も
語る声も オーケストラ

 上記引用部をまとめると、「僕」が「君」のことを思い出し、感傷的な気分になっているということでしょう。引用部5行目には、タイトルにもなっている「オーケストラ」という言葉が出てきました。

 先ほど「オーケストラ」は響き合う感情を表す、という仮説を立てました。引用部の4行目から5行目を、仮説に基づいて解釈すると、君を思って流した涙も語った声も、君との感情の共鳴だった、ということ。

 意味としても矛盾がありませんし、仮説の妥当性が認められるのではないかと思います。涙を流すほど感情が動くコミュニーケーションを、上記引用部では「オーケストラ」と表現しているのではないでしょうか。

 その後に続くサビの2連目は、「君」の不在を強調する内容となっています。以下に引用します。

やがて訪れたよね
さよならの声
忘れはしないよ
あんなにも近くにいたはずが
今では繋がりなんて
あの空だけ

 前述したとおり、上記引用部では「僕」が「君」と会えなくなったことを、感傷的に語っています。

 「空は繋がっている」という趣旨の表現は、歌詞にたびたび使われますが、上記引用部でも「君」との繋がりが空ぐらいしかない、つまりほとんど繋がりがない、という意味で使われています。

強調される「君」の不在

 2番に入っても、繰り返し「君」の不在が語られていきます。重なる表現も多いので、印象的な部分のみピックアップして、考察していきましょう。

 まず、2番のAメロ前半の歌詞を、以下に引用します。

夜空の
交換をしよう
馬鹿らしくなって
投げた午前3時

 「夜空の交換をしよう」とは、今は会えない「君」もどこかで夜空を見上げていることを想像し、「僕」も夜空を見上げている、ということ。

 そして「馬鹿らしくなって 投げた午前3時」とは、そんなことをしても「君」に会えるわけでなく、馬鹿らしくなって午前3時にやめた、ということです。

 想像力を使いながら読む必要がありますが、だいたいそんな意味ではないかと思います。

 次に、2番のBメロ1行目の歌詞を、以下に引用します。

いつものジョークが街に消えてく

 上記引用部は、「君」に会えない虚しさを表しているのでしょう。以前は「君」がジョークを聞いてくれたけど、今ではその相手がいないという意味です。

 Bメロの2行目以降は、1番のAメロとは逆に、誰にも見せない「僕」の姿を、「君」にもっと見せたかった、と記述されます。

 そして2番のサビでは、再びオーケストラ」という言葉が使われ、「君」の不在が強調されています。サビ1連目の歌詞を、以下に引用します。

この目と目合わせて
はっきりとしたい
もうできないかな
こんなにもどかしくて
辛いのが
音を立てる オーケストラ

 1番のサビでは、「君」と一緒にいた日々を、懐かしむ言葉が綴られていました。それに対して、上記2番のサビでは、より「君」の不在を悲しむ感情にフォーカスしています。

 引用部6行目の「オーケストラ」は、辛い気持ちを、壮大に響き合い、音を立てるオーケストラに例えています。

 これは「僕」が大きな悲しみを感じていること、そして「君」との繋がりがその要因であることを、表しているのでしょう。言い換えれば、2人が出会わなければ、このように大きく感情が動きことも、なかったということです。

 さらにサビの2連目では、「僕」の抱える辛さが、より強調されて綴られます。以下に引用します。

どこで何をしてるの?
分からないのは
僕のせいなんだね
永遠にこんな日がくるなんて
神様イタズラなら
呪いたいぐらい

 上記の前半3行は、「君」に会えなくなってしまった理由は、「僕」自身にあると思い返しているのでしょう。

 「君」が「どこで何をしてるの?」か知りたいけれど、もう会えないので聞くことができない。そして、その要因は「僕のせい」だと語っています。

 4行目の「永遠にこんな日がくる」とは、前半3行との繋がりを考えると、「君」に会えない日々が永遠に続くこと。言い換えれば、もう「君」とは会えない状態であることを意味します。

 5行目と6行目の「神様イタズラなら 呪いたいぐらい」という一節は、「僕」の悲しみの深さを表した表現です。

結論・まとめ

 以上、歌詞のなかで「オーケストラ」という言葉がどのような意味を持つのか、という点を意識しながら、歌詞を読み解いてきました。

 人との繋がりにおいて生まれる感情を、管弦楽団という意味でのオーケストラに例えて表している、というのが僕の結論。

 この曲では、特に「僕」が「君」との繋がりにおいて抱いた辛さや悲しみを、「君」と響きあうことで生まれた感情という意味で「オーケストラ」と表現しています。

 まとめると、人との別れで生じる喪失感を、「オーケストラ」という言葉に込めた曲。

 「僕」と「君」は恋愛関係にあったと想定できますが、単純に付き合った別れたという話ではなく、より深い意味での別れや悲しみについて、歌った曲だと思います。

 ミュージック・ビデオは、女子高生らしき2人が秘密の恋を育むストーリーと、BiSHのメンバーの歌唱シーンが切り替わりながら進みます。

 女子高生役の2人の表情も、BiSHのメンバーのエモーショナルな歌唱も素晴らしく、音だけで聴くよりも、楽曲の魅力を引き出してくれる映像です。

 最初にも書きましたけど、これぞ名曲!という空気が充満していて、僕は聴いてると涙が出てきます。ぜひ、ミュージック・ビデオも併せてご覧ください。

 




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BiSH「GiANT KiLLERS」


『GiANT KiLLERS』は、2017年6月28日に発売されたBiSHのミニアルバム。全5曲収録で、うち4曲はメンバーが作詞を担当しています。トラックリストは下記のとおり。

BiSH 『GiANT KiLLERS』
01. GiANT KiLLERS
02. Marionette
03. Nothing.
04. 社会のルール
05. VOMiT SONG

以下、楽曲毎のレビューです。

01. GiANT KiLLERS
作詞は「竜宮寺育」とクレジットされていて、この曲以外の4曲はBiSHのメンバーが作詞をしています。アルバムの表題曲になっているこの曲ですが、綴りがBiSHに合わせて「GiANT KiLLERS」と、iだけ小文字にしています。今回知りましたが、BiSHの楽曲は、全てこの表記方法で統一されているんですね。

「楽器を持たないパンクバンド」として活動しているBiSHですが、1曲目の「GiANT KiLLERS」は、イントロからストリングスが入っており、またギターも様式美を感じるメロディアスなフレーズを弾いていて、パンクというよりはゴシックな印象の曲。この曲に関しては、パンクバンドよりは、ビジュアル系バンドがやりそうな雰囲気の曲ですね。しかし、サビでは男声の「Wowowowo〜(ウォオォオォオォ〜)」というコーラスが入っており、ライブでは青春パンクのようにシング・アロングできそうです。疾走感もあり、1曲目らしい曲。

歌のメロディーとしては「皆さま 良しなに」からのA、「気だる 無視で」からのB、「EVERY MORNING」からのC、「次の決戦はmaybe 金曜さ」からのD、という4つのブロックから構成されています。無理やり感のある転調もなく、程よくリズムの緩急もあり、一聴してメロディーもアレンジも非常に丁寧に組み上げられた曲だと感じました。

例えば、前述のBの部分「気だる 無視で」からの前半と、「できることから やっておきます」からの後半は、メロディーの音運びも少し違うのですが、リズムの刻み方が変わることで、前半と後半が対比的に、後半部分で加速しているように感じます。ドラムのスネアを聞いていると分かりやすくて、前半は4ビートで2拍目と4拍目に打っていて、後半は8ビートで裏打ちで4回打っています。あとは、バスドラをどの位置で踏んでいるか、何回踏んでいるか、を追って聴いても、曲のギアが上がっていく様子がわかって面白いです。

スポーツで、前評判の低いチームが強豪チームを破ることをgiant killing(ジャイアント・キリング)、またそれを達成したチームをgiant killerと呼びますが、この曲でもBiSHが、野心の深さを高らかに歌っている、と思いながら聞くと、ますますエモく響いてきます。

02. Marionette
操り人形を意味するMarionetteと題されたこの曲。作詞はモモコグミカンパニー。アイドル(と呼ぶとBiSHには不本意なのかもしれない)が、この曲を歌うというのは、自作自演のシンガーソングライターやバンドが歌うのとは違った意味の広がりが出てきますし、もうこれはBiSHが歌うからこその曲ですね。かなりの確信犯。

「おにんぎょう」という歌詞が印象的に響きますが、漢字は「お人形」と「お人業」という2種類の表記があてられていて、もうこれだけで曲のテーマと意図を全て説明してくれています。かわいい人のことを「お人形さんのようにかわいい」と形容することがあります(いや実際、僕は使ったことが無いし、最近は日常的には使わない表現かもしれません)が、「お人形」という従順でかわいい存在が、「お人業」という人を演じる仕事をするということですね。

「冷凍保存」「見世物ショー」「ガラス張りの部屋」「誰のフリ?」など、聴いていて耳に引っかかる、歌詞を見ても目がとまる、印象的な言葉が並びます。この歌詞の言葉選びもあって、1曲目「GiANT KiLLERS」同様、ゴシック風味というかビジュアル系バンドにありそうな曲だと感じました。

03. Nothing.
作詞はMarionetteに引き続きモモコグミカンパニー。タイトルは「Nothing.」と最後にドットが付いています。ピリオドを打つことで、なにかを終わりにしたい、新しく一歩を踏み出したい、という意味を込めているのでしょうか。そう思って聞くと、歌詞の世界にもまた奥行きが出てきそうです。

1曲目、2曲目とアップテンポの曲が続いたので、このあたりでチルアウトになるようなミドルテンポの曲が来るかな、と予想しつつ聴いてみると、3曲目もアップテンポな曲でした。しかし、1、2曲目のシリアスな雰囲気に比べると、垢抜けて、爽快感のある曲です。特にピアノがアレンジの肝になっています。

Aメロ部分、歌詞でいうと「書き出したノートにぽつりと」から始まる部分のピアノは、伴奏然としたアレンジで、まわりの楽器に溶け込んでいますが、1回目サビが終わって「頼りない物語だけど」からの部分では、先のAメロよりも高音を使って、リズムも細かく刻んでいて、全体の印象がだいぶ変わります。

僕は、一聴してこのパートは誰が歌っていると分かるほどは、BiSHに詳しくないのですが、ボーカルの歌い出しの声のかすれ具合もいいですね。感情的。

04. 社会のルール
作詞はハシヤスメ・アツコ。4曲目もこれまたアップテンポ。5曲入りのミニアルバムなので、勢いで突っ走る!ということでしょうか。しかし、テンポは同じぐらいの曲が続くのに、飽きたとかワンパターンという感想は、持ちませんでした。アレンジや調性で、曲の雰囲気を変えているからでしょう。

タイトルが「社会のルール」なので、社会のルールにツバを吐きまくる、ゴリゴリの毒のある曲を予想していましたが、実際に聴いてみると、アレンジも歌い方もコミカルで、社会のルールを軽やかに飛び越えていくような曲でした。おそらく生楽器ではなく、打ち込み音源だと思いますが、Aメロ部分のバックではいろいろな音が鳴っていて、現代の特盛カラフルなアイドルソングっぽく聞こえる部分もあります。

05. VOMiT SONG
作詞はリンリン。 「vomit」は、動詞では「吐き出す、嘔吐する」、名詞では「嘔吐物」という意味を持ちますから、タイトルは「ゲロの歌」といった過激な意味をこめて付けたのでしょうか。曲を聴く前にタイトルだけを見て、そのように思った次第ですが、聴いてみると、なかなかどうして、めちゃくちゃいい歌詞でした。

具体的なストーリーを持った歌詞ではないのですが、「青春」という病気と向き合い、悩んでいる心情がひしひしと伝わってきます。歌い出しの「飽きた」から始まる連は、友達と一緒にいるけど馴染めない、なんだか違和感があるなんとも言えない感情を描いているし、3つめの連では「桜」「遊具」「新学期」という言葉から、具体的な記述はないのに学生時代、青春時代のひりひりしたイメージが広がります。

「ゲロ」という言葉も1回だけ出てきます。「戻りそうで戻らないゲロが 新学期のにおいの悪天候」という部分。ゲロを吐くことを「戻す」とも言いますが、この歌詞の中での使い方だと、文字通りゲロを吐きそうな気分とも取れるし、心情を比喩的に表現しているとも取れるし、ここまで「ゲロ」という言葉を文学的に昇華した歌詞はなかなか無いんじゃないでしょうか。

1~4曲目までアップテンポな曲で突っ走ってきましたが、最後の5曲目で遂に、ややBPMを落とした曲が配置されています。サウンド的には、ベースの音がイントロからハリのある音を出していて、耳につきます。ベースはシンプルに8ビートを刻んで、その上に複数のギターが乗る、という王道のアレンジですが、ボーカルの声や言葉、各楽器の音質自体に魅力がある曲なので、飽きずに聴けます。なんといってもギターの音がいい。

2:28あたりから、右チャンネルと左チャンネルで、ギターが交互に同じフレーズを弾いていくところの音もいいし、2:43あたりから始まるギターソロの音質も、雑味たっぷり、不純物たっぷりの歪んだディストーションサウンドで、このぐちゃっとした音が、詩の世界観にも合っていると思います。

作品全体のまとめ
予想以上、と言っては失礼かもしれませんが、音楽もさることながら歌詞が非常に素晴らしい作品です。文学やロックの機能のひとつは、「青春」とか「若さ」という誰もが一度は侵される病気に向き合い、それを表現する、そしてそれが結果として誰かにとっての癒しになることだと思っています。そういう意味で、太宰治を読んで涙する昭和の若者と、BiSHのライブで涙する現代のヲタクというのは、それほど遠くなく、この『GiANT KiLLERS』という作品もそのように機能しているんじゃないかと思います。

ちなみに本作品は、基本的にはミニアルバムですが、全4形態での発売となっています。初回限定盤は、「iNTRODUCiNG BiSH」と題されたその名のとおりBiSH入門用のベスト盤的なアルバムと、Blu-ray、写真集からなる豪華セット。これを買えば良かったかな、とちょっと後悔しています。

 




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