「ふわりのこと」は、ねごとの楽曲。作詞は蒼山幸子。作曲は沙田瑞紀と蒼山幸子。
2011年発売の1stフルアルバム『ex Negoto』に収録されています。
音楽、特に歌詞を持つポップ・ミュージックの魅力のひとつは、「悲しい」とか「嬉しい」といった言葉におさまりきらない感情を表現できるところだと思っています。
言葉がメロディーに乗ってサウンドの一部となることで、嬉しいとも悲しいとも言えないぐらい些細な心の動き、嬉しさの中にある悲しみや不安など、言葉だけでは表現できない微妙な感情を描き出せる。しかも、たった数分間の1曲で。僕は音楽のそういうところが好きです。そして、この「ふわりのこと」という曲にも、僕が求める音楽の魅力がギュッと詰まっています。
ここでは「ふわりのこと」の歌詞解釈を中心に、この曲の魅力をお伝えしたいと思います。
歌詞の世界観
「ふわりのこと」というタイトルからして不思議。歌詞も一聴すると、つかみどころが無いようですが、風景や感情が自然と浮かび上がってくるような内容。「イマジネーションの洪水」ではなく、「イマジネーションのそよ風」といった趣で、歌詞も含めた音楽が心にやさしく沁みこんでくるようです。
登場人物は「ぼく」と「きみ」の2人。「ぼく」の視点から、「きみ」のことを語っていく構造です。まず、1連目の歌詞を引用します。
駅まで続く小さい道
ここにいるのはぼくと風だけ
世界の約束
揺れるよ音
ふわりきみまで届いてね
2行目に「ここにいるのはぼくと風だけ」とあります。この表現から「ぼく」が1人だけで、駅まで続く道を歩いていること。そして、風が感じられるほど静かなのか、それとも「ぼく」が風を感じるほどに感受性を研ぎ澄ました気分でいるのか、あるいはその両方か、といったことが読み取れます。
また、1行目の「小さい道」という表現。ここも「狭い道」や「細い道」ではなく、あえて「小さい道」としたことで、意味やイメージに広がりが生まれています。単純に幅の狭い道という意味だけではなく、自分にとって身近であるために存在感を小さく感じる、そんな雰囲気まで感じとれます。
「ふわりのこと」の歌詞は、このように断片的なイメージや感情が喚起される描写が続き、心の中にゆっくり浸透していくような、不思議な魅力を持っています。
「ふわり」の意味
次に、タイトルの一部にもなっている「ふわり」について。この言葉は、いったい何を意味するのでしょうか。「ふわり」という言葉は、2回出てきます。1回目は先ほど引用した「ふわりきみまで届いてね」の部分、そして2回目は歌詞の最後の行の「ふわり明日まで響くよ 音」というところです。
この2ヶ所の引用部分から「ふわり」は、名詞か副詞であることが推測されます。まず「ふわりきみまで届いてね」という部分の「ふわり」は、「きみ」への呼びかけであり、「きみ」を指す固有名詞であるともとれます。そう解釈するなら、「ふわり」と「きみ」はイコールということです。しかし、副詞であるという解釈も可能です。この場合は、音が届く様子を「ふわり」と表現しています。
さて、歌詞の中の「ふわり」は、どちらの意味で使われているのか。僕は、名詞と副詞どちらとも取れるように、意図的にこうした表現にしたのだと思います。手元にある広辞苑をひいてみると、「ふわり」という言葉には、副詞としては「軽くただようさま。軽くそっと載せるさま。」という意味があります。まさに、この曲の雰囲気をあらわしたかのような意味です。
「ふわり」は「きみ」の名前であり、「きみ」がどんな人なのかをあらわす言葉でもあり、歌詞の中では副詞としても機能している。そうした多層的な使われ方をしている、というのが僕の考えです。そう解釈すると「ふわりのこと」というタイトルの意味も、すっと腑に落ちます。
「ぼく」は何を語っているか
続いて、語り手の「ぼく」が語っている内容について。前述したように、この曲の歌詞では「ぼく」が「きみ」について語っていきます。サビ前から1番のサビまでの歌詞を引用します。
最近のきみといえば 生き物や花を育て始めた
他にすることないのと聞けば 大切なことなんだよって言ったそういうきみは素敵だったな
思い出して左目が熱い
なんだか明日も頑張ろうかなあ
優しい夜になってゆけ
引用部1行目では、「きみ」が「生き物や花を育て始めた」とあります。そして、その後に続くサビでは「そういうきみは素敵だったな」。この引用部から伝わるのは「きみ」の優しさと感受性の豊かさに、「ぼく」の心が動いているということ。
では「ぼく」の心はどのように動いたのか。引用した部分の歌詞には「なんだか明日も頑張ろうかなあ」とあります。この表現から、感動した!と言うほどには瞬時に大きく心が動いたわけではなく、じんわりと優しい気持ちになれたことが示唆されます。このように1曲をとおして、「ぼく」が「きみ」を思うなかで、様々な感情をもらったことが、語られていきます。
歌詞の出来事の少なさ
「ぼく」の心の動きを繊細に歌っていくこの曲。それと同時に、大きな出来事が起こらないところも、この曲の特異な点です。例えば、先ほど引用した「生き物や花を育て始めた」という部分。もし、この部分が「きみ」が「ぼく」に対して、なにか感動するようなことをしてくれた、言ってくれたという内容だったら、もっとわかりやすいラブソングになっていたことでしょう。
しかし、この曲は、状況説明や人間関係におけるストーリーは最低限にとどめ、微細な心の動きに焦点を合わせています。具体的なストーリーと、2人の関係性を説明しすぎないことで、「好き」「嫌い」「悲しい」「嬉しい」といった言葉の中間のような、微妙な感情を描き出せるのだと思います。具体的に何ヶ所か歌詞を引用し、そこから何が読み取れるか見ていきましょう。
いくつもの水たまりを越えて
変わり続ける想いを越えて
どれくらいのことを知れるんだろう
ぼくらはまだ始まったばかり
1番のサビが終わり、2番の最初の部分。内容としては「ぼく」と「きみ」が、これから時間を重ねて、どうなっていくのか、ということを歌っています。この引用部でも、2人は友人なのか恋人なのか、関係性は曖昧なままはっきりとは語られません。
その代わりに、曖昧だからこそ、奥行きのある言葉が並びます。1行目の「水たまりを越えて」は、意味としては困難を越えていくということでしょうが、日常のなかのさりげない問題を解決していくというニュアンスがあります。
3行目の「どれくらいのことを知れるんだろう」というのも、2人の関係性において「ぼく」が「きみ」のことをどれくらい理解できるだろうか、という意味にもとれるし、もっと広く人生においてどれだけのことを経験できるだろうか、という意味にもとれます。
次に歌詞のラストの部分を引用します。
涙が出てしまうのは
忘れてないからだよ
弱いぼくらの強さを
いつもごめんね 早く帰ろう
ふわり明日まで響くよ 音
この引用部では、涙が出る理由は「弱いぼくらの強さを」忘れていないからだと、説明されています。嬉し涙や、悲しいときに流れる涙もありますが、はっきりと理由は言えないけど、感情で胸がいっぱいになってしまって、気づいたときには流れている涙もあります。引用部から伝わるのは、そんな涙です。
歌詞全体の意味
ここまで「ふわり」の意味と、歌詞の一部について考察してきました。では、歌詞全体としては、なにがテーマとなっているでしょうか。それは、人との出会いでもたらされる心の変化だと思います。
「ぼく」は「きみ」と出会い、その感受性に触れることで、自分も以前よりも優しく、感受性豊かになれた、ということを歌っているのだと、僕は思っています。友人だろうと恋人だろうと、人間関係の良いところは、交流をとおして様々な感情がもらえること、そしてその人の影響を受けて自分が変われることです。
この曲の語り手である「ぼく」も、「きみ」との交流をとおして、「なんだか明日も頑張ろうかなあ」「今日はいい夢見れそうだから」と、穏やかな感情になっています。単純なラブソングにはせず、「きみ」に大切な誰かを代入できるよう曖昧な部分を残していることで、この曲は普遍性を獲得し、誰が聴いても「ぼく」が「きみ」にもらったような優しい気持ちになれる1曲に仕上がっています。
アレンジと楽曲の構造
さて、ここまでで記事のタイトルにした「ふわりの意味と歌詞考察」については、言いたいことは言い終わったのですが、最後に少しだけ音楽面についても述べさせていただきます。
イントロから0:42あたりまではピアノとボーカルのみ。この部分のピアノは音数も少なく、「ここにいるのはぼくと風だけ」という歌詞とも重なるような、隙間を感じるアレンジです。歌詞とメロディー、サウンドの親和性が高く、さすが、こういうところは自作自演のバンドの良いところ。
また、この曲は基本的にAメロ→サビが循環する構造になっていますが、サビ以外のメロディーは全て変奏のように違う部分があります。4:22あたり、歌詞でいうと「ほんのすこしだけ息を吸って」からのメロディーも、最初はサビと共通しているものの、途中からやはり別の展開を見せます。
アレンジについても、前述したようにイントロからしばらくはピアノとボーカルのみ、1:01あたりからは8ビート、2:19からは前のめりになったハネるようなリズムで、メロディーは共通していても、アレンジを変えています。そのため、6分以上ある楽曲なのに、次々と風景が変わっていき、飽きることなく最後まで(ふわりと?)聴けてしまいます。
言葉と音楽が、完璧に溶け合った「ふわりのこと」。ちなみにチャットモンチーがライブ(2011年12月4日の「チャットモンチーの求愛ツアー」Zepp Tokyo公演)で、カバーしたこともあります。ねごとの曲の中でも、特に好きな1曲です。