ヤなことそっとミュート 『BUBBLE』
発売: 2017年4月5日
レーベル: クリムゾン印刷
目次
・イントロダクション
・1, morning
・2, カナデルハ
・3, Lily
・4, am I
・5, ツキノメ
・6, Just Breathe
・7, orange
・8, 燃えるパシフロラ
・9, see inside
・10, sputnik note
・11, Done
・12, ホロスコープ
・13, No Known
・総評
イントロダクション
2016年結成の女性アイドルグループ、ヤなことそっとミュートの1stアルバム。
「アイドル戦国時代」なんて言葉を聞くようになってから久しく、2010年代に入ってから、多くのアイドルグループが誕生しました。
グループ数の増加に比例して、ジャンルの幅も拡大。最近では、オルタナティヴ・ロック、ポストロック、シューゲイザーなど、いわゆるアイドル歌謡らしからぬ音楽性を持ったアイドルも珍しくありません。
「ヤなことそっとミュート」もそのひとつ。彼女たちの音楽の基本となるのは、オルタナティヴ・ロック。
それも「歌謡曲をオルタナ風に仕上げました」とか、「とりあえずオルタナを女の子に歌わせてみました」という感じではなくて、正真正銘のオルタナティヴ・ロックなんです。
逆に2010年代において、こんなストレートに、90年代直系のオルタナでいいんだろうか?と思うぐらい。
でも、古き良きオルタナやグランジを焼き直しているだけじゃなく、アイドルらしいポップさも持ち合わせているのが、このグループのすごいところ。
具体的には、4人のメンバーによる女声ボーカルが、ギターの渦や立体的なアンサンブルと溶け合い、まったく新しい音楽を構築しているんですよね。
洋楽でオルタナやグランジに親しんでいた人は、新鮮な気持ちで楽しめるし、その手の音楽を聴いてこなかった人にも、甘いメロディーが入口となり、めちゃくちゃかっこいいハードな音楽として受け入れられるでしょう。
僕自身はこの手の音楽が非常に好きなので、フックが無数にある、いやらしいほどかっこいいアルバムだなと思いながら、本作『BUBBLE』を聴きました。
以下、1曲ごとに簡単なレビューをしながら、本作の魅力や聴きどころを、より深くご紹介できればと思います。
1, morning
なんとなく曲名的に、ボーカルの入らないインスト曲なのかなと想像していましたが、ボーカル入りです。
イントロからギターのフィードバックが鳴り響き、ドラムが立体的にリズムを叩きつけ、さらに激しく歪んだギターが、波のように折り重なっていきます。アルバム1曲目にふさわしく、ハードな音像を持った、オルタナ然とした楽曲。
ボーカルが入ってくると、一変して手数を絞ったタイトなアンサンブルになるのですが、ボーカルも楽器の一部といった感じで、まわりと噛み合っているんですよね。
「伴奏があって歌のメロディーがある」というバランスではなくて、歌もアンサンブルの一部として機能しているところが、またオルタナらしいんです。
2, カナデルハ
ジャズでピアノの音を「転がる」って表現することがありますけど、この曲のAメロ部分のボーカルも、4人が代わる代わるコロコロ転がるように、時には折り重なりながら、歌っています。
バンドも音を詰め込みすぎず、ボーカルと絡み合うように、抑え気味に躍動。でも、サビに入るとシフトが切り替わり、メロディーもアンサンブルも、流れるように疾走するコントラストが鮮やかです。
3, Lily
ボーカルも含めて、すべての楽器がお互いのリズムに食い込むように、タイトかつ有機的に躍動する1曲。
ボーカルとバンドのテンションが一致していて、サビに入りボーカルが伸びやかに音程を上昇すると、それに合わせてバンドも唸りをあげます。
「切ないメロディー」って表現することがありますけど、この曲に関してはメロディー単体の切なさに加えて、バンドが切なさや焦燥感を増幅させています。ボーカルとバンドの一体感が秀逸。
4人のボーカルが、ところどころハーモニーになるところも、さらなる切なさを演出していますね。
4, am I
音数を絞り、各楽器がはずむように、ゆったりとリズムを刻む前半から始まり、サビに入ると轟音ギターが唸りをあげる展開。
静と動の往復というのも、オルタナやシューゲイザーによくあるアレンジですけど、この曲は良い意味で、J-POP的なバラード要素を持っているところが魅力。
女声ボーカルによる情緒的な歌が、激しくもメリハリのついたバンドと比例していて、ますます歌の魅力を際立たせていますね。
5, ツキノメ
ざらついたギターが前面に出た1曲。ギターとリズム隊が、ひとつの織物を編みあげるように、細かい音を持ち寄って、隙間ないアンサンブルを構成しています。
ボーカルはそこから浮かび上がるように、並行してメロディーを紡いでいて、バンドとボーカルの音量がほぼ対等。このあたりのミックスのバランスも、実にオルタナ的。言い換えれば、非アイドル歌謡的です。
6, Just Breathe
各楽器が絡み合うように疾走していく1曲。直線的ではなく、ところどころ足がもつれるようなリズムやフレーズが、散りばめられています。
ボーカルもバンドと共に、不可分なほど絡み合い、疾走していきます。
7, orange
イントロから前のめりに疾走。ヤナミューにしては、リズム構造がシンプルな曲とも言えます。
その代わりに、バンドとボーカルの疾走感、一体感は抜群。
8, 燃えるパシフロラ
前曲「orange」につづいて、比較的シンプルなリズム構造の1曲。疾走感は抑えめで、その代わりにギターのハーモニーが前景化されています。
この曲や「orange」を聴いていると、メンバーのボーカリストとしての表現力の高さに驚きます。単純に歌がうまいってことじゃなくて、バンドの表現する世界観に溶け込むセンスが、非常に高いんです。
「声も楽器」という言い回しがありますが、ヤナミューのメンバーはまさにそう。この曲を例にとっても、物憂げで厚みのあるギターサウンドと一体となり、楽曲の世界観を完璧に演出しています。
9, see inside
ざらついたギターの奥から、ウィスパー系のボーカルが厳かに響くイントロ。
その後も、バンドのアンサンブルをかき分けるように、あるいはアンサンブルの隙間を縫い合わせるように、ボーカルはメロディーを紡いでいきます。
ところどころ、ボーカルがバンドに埋もれるバランスのところもあるのですが、それが気にならないぐらい両者が一体となっており、またバックの演奏がインスト曲でも成立するぐらいの完成度。
10, sputnik note
この曲はジャンルでいうとポスト・ハードコアやポストロック、プログレを彷彿とさせる構成で、非常にかっこいいです。
イントロのねじれるギターのフレーズ。Aメロの立体的でトライバルなドラム。再生時間0:47あたりでの、バンド全体のシフトの切り替えなど、音楽的フックが無数にあり、目まぐるしく展開していきます。
そんな曲の構成に振り回されることなく、むしろ主導するようにメロディーを乗せていく、ヤナミューのメンバーも見事。
11, Done
バウンドするドラムに、重たく絡みつくギター、地を這うようなベース。完全にオルタナなトラックの上に、軽やかに乗るメロディー。
本作のなかで、もっとも伴奏とボーカルという役割のわかりやすい曲ですが、分離しているわけじゃなくて、レイヤー状に重なり、並走するようなバランスです。
他の曲に比べて、ボーカルが前景化されているのは確か。でも、再生時間1:42あたりの厚みのあるコーラス・ワークだったり、高音部でギターのチョーキングのようにエモーショナルだったりと、ボーカルもどこか楽器的です。
前述のコーラスワークも、和音としてのハーモニーが際立っているというより、ギターのコーラスのエフェクターをかけたような、重曹感が強いんですよね。シューゲイザー的なボーカルと言っても、いいかもしれません。
12, ホロスコープ
ベースとドラムのみ。音数を極限まで絞った、ミニマルなイントロから始まり、徐々に音数と音量が上がっていく1曲。
4曲目「am I」のような、対比のハッキリした静と動ではなくて、シフトを段階的に切り替えながら、静寂と轟音を行き来するアンサンブルです。
13, No Known
各楽器のフレーズがお互いに突き刺さるようで、複雑かつ一体感のあるアンサンブルが構成される1曲。こういう構造の曲、大好きです。
サビでは直線的に疾走し、それ以外の部分では複雑に絡み合い、1曲の中でのコントラストも秀逸。
再生時間1:52あたりからの手数の多いタイトなドラムだったり、2:59あたりの空間を切り裂くようなギターだったり、とにかく多様なアレンジが詰め込まれていて、聴くたびに発見があります。
総評
オルタナティヴ・ロックを基本としているのは、冒頭で述べたとおり。とにかく多くのジャンルやバンド名に言及したくなるほど、多彩な楽曲群が詰め込まれています。
ただ、これも前述したとおり、オルタナのコピーバンドでは決してないんです。本作およびヤナミューの特異な点は、歌のメロディーがバンドと対等であり、ボーカルがアンサンブルの一部として機能しているところ。
だから曲によっては、ボーカルがバンドに隠れるような、音量バランスの部分もあります。
一部のグランジやオルタナのバンドのメロディーって、コード進行やバックの演奏に引っ張られて、良くも悪くも一体感があるんですけど、ヤナミューはメロディーがまず自立してるんです。
しかも、メロディーとそれを支える伴奏という主従関係ではなく、ボーカルもアンサンブルの一部としてバンドに取り込まれ、躍動する。ここが何よりも魅力的。
メンバーの表現力も申し分なく、パワフルなバンドの音像に負けることなく、多彩な世界観を表現していますね。
アンサンブル志向の音楽でありながら、メロディーの存在感も際立っている。世界的に見ても、珍しいグループだと思います。
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