目次
・イントロダクション
・論理的な「私」
・強引な論理
・「私」の感情優先
・結論・まとめ
イントロダクション
「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」は、兵庫県西宮市出身のシンガーソングライター、あいみょんのインディーズ時代の楽曲。作詞作曲は、あいみょん。
2015年3月4日に、TOWER RECORDS限定のワンコインシングルとして発売。同年5月20日リリースの1stミニ・アルバム『tamago』にも収録されています。
「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」という人目を引くタイトル。歌詞もタイトルに比例して、ショッキングというか、グロテスクというか、「私を好きじゃないならのならば死ね」という内容。
解釈が難しいわけではなくて、わかりやすいといえば、わかりやす過ぎるラブソングです。ただ、一聴すると過激な言葉づかいに耳を奪われてしまうんですけども、あいみょんの作詞家としての冷静さも垣間見える1曲です。
どういうことかと言うと「過激なことを書こう!」って、ただ勢いで筆を走らせたのではなく、「こういうことを書いた方が怖いだろうな」という冷静な面があるんです。
そして、この曲の語り手である「私」は、狂気をともなっているのに、やたらと論理的で、その冷静さがますます恐怖を増していると思うんですよね。
そんなわけで「冷静な語り手が怖さを増幅させている」という仮説に基づき、この曲の歌詞を読みといてみます。
論理的な「私」
歌詞の内容や枠組みは、難しいものではありません。語り手である「私」が、「あなた」への愛情をひたすら綴っていきます。
前述したとおり、解釈に迷うような歌詞ではないのですが、とにかく注意が向かってしまうので、その過激な言い回し。
歌い出しとなる、1番Aメロの歌詞を、以下に引用します。
あなたの両腕を切り落として 私の腰に巻き付ければ
あなたはもう二度と 他の女を抱けないわ
あなたの両目をくり抜いて 私のポッケに入れたなら
あなたの最後の記憶は 私であるはずよね
曲の冒頭から、いきなりフルスロットルで飛ばしています。
1行目から「両腕を切り落として」なんて、物騒な言葉が使われ、リスナーはいやが応にも楽曲の世界観に引き込まれていきます。(あるいは拒絶反応を起こすか。)
ただ、過激な内容にもかかわらず、語り手の「私」はきわめて論理的。まず「あなたの両目をくり抜いて」と行動が示され、その後に「私であるはずよね」と理由が説明されています。
そして、1曲をとおして上記と同じく、理由と結果がセットになった構造で、語られていくんです。
内容はグロテスクで、むちゃくちゃなことを言ってるんですけども、語り方は冷静。このコントラストが「あ、この人には話が通じないな」という感を強調し、恐怖をますます増幅させていると言っていいでしょう。
強引な論理
ただ「論理的」と言っても、しっかりと納得できる理由があり、結論に至っているのかというと、そうではありません。
理由と結論を並べて、かたちだけは論理的になっている、と言った方が適切なぐらい強引なんです。
1番Bメロの歌詞を、以下に引用します。
逃さないよ 離さないよ 私だけのあなたになるの
今すぐ部屋においで
最初に「逃さないよ 離さないよ」と結論が示され、そのあとに「私だけのあなたになるの」と理由が付随しています。
構造としては、理由と結果を述べているんですが、内容はどちらも「私」の感情。根拠があるわけではなく、そういう意味では、まったく論理的じゃないんです。
「私」の感情優先
歌詞を読みすすめていくと、一貫して「私」の感情にもとづいて、論理を展開していることがわかります。
1番サビの歌詞を、以下に引用します。
ねえ? どうしてそば に来てくれないの
死ね。 私を好きじゃないのならば
1行目は「私」の心情の表明。2行目では「死ね」と思う理由として、「私を好きじゃないのならば」と続きます。
順番を入れ替えると「私を好きじゃないのならば死ね」。もし〇〇ならば、という条件と、その結果がセットになっています。
ただこれも、Excelの関数のようには納得できませんよね。上記の引用部から分かるのは、歌詞が「私」の感情に基づいているということ。
実際には感情優先で根拠などないのに、あたかも根拠があるかのように、論理的な構造で話を進めているんです。
2番に入ってもそれは同様で、「私」の感情が一方的に記述されていきます。
2番サビの歌詞を、以下に引用します。
ねえ? どうして私から逃げ出すの
死ね。 あなたを愛しているのに
上記引用部は、ちょっと構造が複雑。まず、語り手が伝えたい結論は「死ね」。
「ねえ?」「あなたを愛しているのに」「どうして私から逃げ出すの」が、問いかけとなっています。
つまり、語順が入れ替わっているわけです。ただ、話し言葉ではこのような入れ替えは、珍しいことではありません。
あなたを愛しているのに、あなたは逃げ出してしまう。という理由に対して、それだったら「死ね」と、結論が導き出されています。
理由は書かれているのですが、すべて「私」の感情に基づくものです。
さらに、2番サビ後の間奏のあとに挿入されるCメロ。ここでは、ひたすらに「私」の感情が記述されます。以下に引用します。
誰にもあげない 触れさせやしない
あなたがもしも他の人と手を繋いでるのを見たら
指を喰いちぎるわ
足を引き裂き 歩かせやしない
唇を縫い 私だけのキスを味わえばいいの
上記では、理由を述べることはなく、ひたすら「私」の感情があらわになっています。
ここまでは理由と結果がセットになっていて、構造としては論理的。しかし、根底には「私」の感情があり、論理は「あなた」を追い詰めるための、道具であることが示唆されています。
結論・まとめ
結論に入りましょう。この曲はショッキングな言葉選びが、まずリスナーの注意を引くのですが、論理的な構造の語りが、一層グロテスクと恐怖を増幅させています。
なぜなら、ただアグレッシヴにまくしたてるよりも、語り手の冷静さが感じられ、その冷静さがますます「この人はマジなんだ」「この人には話を通じない」という印象を強めるため。
結果として、歌詞のなかの「あなた」は、この論理性によって追い詰められていくんです。そして、リスナーにとっても、歌詞のなかの「あなた」と同様に、恐怖やグロテスクをより強く感じるでしょう。
公式のYouTubeチャンネルに、LINEで作った「リリックムービー」が公開されているのですが、これが曲の世界観により深く浸ることのできる秀逸な動画。
内容は、この曲の歌詞がそのままLINEに書き込まれていくというもの。歌詞を細かく区切って送信していて、感情がそのまま流れるように言語化されている印象を与えます。
現代的と言えば現代的ですが、適当に書いているわけではなく、本論で考察してきたように、確固としたレトリックも感じらるのが、この曲のいいところ。
表面上の言葉の過激さに注目しがちですけど、あいみょんという人は面白いソングライターだなぁ、と思わせる1曲です。
楽曲レビュー一覧へ移動