シガー・ロス 『( )』
Sigur Rós – ( )
発売: 2002年2月16日
レーベル: Fatcat, Bad Taste
『( )』は、アイスランド出身のポストロック・バンド、シガー・ロスの2002年発売の3rdアルバム。本国アイスランドのレーベルBad Tasteの他、イギリスのFatcat Recordsなど、複数のレーベルより世界各国で発売された。
まず気になってしまうのが、アルバムタイトルがカッコのみ。さらに、曲のタイトルも付けられていない点です。偏見なしに、音楽それ自体に集中してほしい、というシガー・ロスからのメッセージということでしょうか。音楽至上主義の彼らにそう言われたなら、即座に納得してしまいます。
アンビエント色が強く、わかりやすいヴァース‐コーラス形式を伴った楽曲群では無いのに、いや無いからこそかもしれませんが、聴き手の感性が研ぎ澄まされるような美しい音楽で満たされたアルバムです。シガー・ロスの作品でしばしば聴かれる躍動感や、シンフォニックな面は、今作では抑えられていて、代わりにサウンド自体が前景化されている、とでも言ったらいいでしょうか。
ですが、全くリズムもメロディーも無い、というわけではなくて、バンドの躍動も感じることができる、不思議な作品です。前述したように、タイトルも曲名も無いアルバムですが、風景が眼前に次々にあらわれるかのような、イマジナティヴな音世界が70分詰まっています。
1曲目は、電子的な漂うような持続音と、音数の絞り込まれたピアノの音が溶け合う、幻想的なサウンドプロダクション。ドラムが入っていないためビート感が希薄で、昔の宗教音楽を思わせる壮大さがあります。ボーカルもバックの音と同化するように長めの音符でメロディーを紡ぎ、霧の中を散歩するような幽玄な雰囲気を持った1曲。
2曲目は、ノイズ色のある電子音がドローンのような音の壁を表出するなか、ギターとドラムがリズムを刻むことで、徐々に音楽が姿をあらわす1曲。音楽になる前の素材としての音が、有機的に音楽になっていくのを目撃しているかのよう。
3曲目もイントロから音量小さめの電子音が鳴っています。そのミニマルな持続音の上に、ピアノがシンプルな旋律を重ねる、そのコントラストが美しい1曲。
4曲目は楽曲全体にエコーがかけられたような、靄がかかったような不思議な音像。ドラムのリズム、ギターとオルガンのフレーズが絡み合い、アルバム中最も形のはっきりした曲と言えます。幻想的なサウンドのなかで、ボーカルは透明感を持った音ではっきりと響くところも、美しいです。
5曲目。スローテンポ、という表現が不適切に感じられるぐらい、一般的なポップミュージックとは差異のあるサウンドを持った本作。この曲では、ドラムがスローモーションのようにゆったりリズムが刻んでいきます。その上に乗るボーカルの旋律も、ロングトーンがほとんどで、いわゆるメロディアスなものではありません。でも、聴いているうちに、このテンポ感にも慣れてきて、心地よく音楽のなかを漂う気分になれるから不思議。
6曲目は、ドラムもバスドラとフロアタムなのか、低音の太鼓が下の方から鳴り響く、重心の低いサウンド。奥の方では電子音が持続していて、不穏とも感じられるし、神秘的とも感じられる雰囲気の1曲です。曲後半になると、それまでの霧が晴れたかのような、開放的なバンドアンサンブルへ。
このアルバムには持続していく電子音が多用されていますが、この7曲目も揺らめく持続音から始まります。そこから徐々に音が増え、リズムが生まれ、音楽が姿をあらわしてくるところも、このアルバムに共通した魅力。
ラスト8曲目は、イントロからギターのはっきりとしたフレーズが聞こえ、それに続くドラムも手数は少ないながらリズムを刻み、前半からバンドらしいサウンドとアンサンブル。しかし、奥には電子音が漂い、このアルバムが共通して持つ音像はしっかりと存在しています。
ミニマルだけれど、美しいサウンドを持った1枚。しかも、ただ美しいだけでなく、畏敬の念のようなものも伝わる、不思議な温度感のアルバム。ドローンのような持続音と、ピアノやボーカルの旋律がコントラストをなしていて、リズム・セクションとその上に乗るボーカルとリード・ギター、といった構造とは一線を画す作品だと思います。
長調は明るい曲調、短調は暗い曲調などと言われますが、そういった調性と感情との関係もわからなくなるようなアルバムです。イントロを聴いていた時には、薄暗く怖いイメージだったのに、曲を聴いているうちにサウンドが非常に心地よくリラクシングに感じられる、といったこともしばしば。
タイトルも曲名も無いアルバムです。気になった方は、偏見なしにサウンド自体に耳を傾けてみてください。きっと、美しいと思う部分があるはず!